二人の雍固執(ong kojip)

題目の解説
むかし "雍(オン)固執"(ong kojip)と言う人が居た. 
( "オン コジップ" と読んで頂きたい)
これは小説ですがあまりに有名になって ongkojipと言うと
"意地っ張り、 片意地"と言う意味の言葉に使われています. 
"雍(オン)固執"は意地悪の標本みたいな人でした.
 *固執は意地の意、 雍(オン)は強調する形容詞.*
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雍(オン)井 雍(オン)淵 雍(オン)真郡 雍(オン)堂村に一人の人が居て姓は雍(オン)、名は固執だ.
持って生まれた性質が意地悪だがこれが又とんでもないお金持ちである.人の財物に欲を出すのではないが自分のものを人に施すようなことはしない.人が幸福になるのが嫌いだ.豊年になるのも好まない、百姓が喜ぶからだ.彼の家は広い敷地を占領し前面の庭には穀物を山の如く積み上げ、後ろの庭には別棟を幾つも建て、塀の下には蜂箱が置かれているし、桐の木、松の木、楓、木蓮、栗の木が並び、客間の前には堀池、池の中に石の仮山を積み仮山の上に東屋を建て、四方の軒には風鈴を吊るしている.そよ吹く風に風鈴の清い音が耳を擽り、池には金魚が悠々と泳ぐ.東の庭には牡丹、芍薬、躑躅の花が美しさを競い、西の庭には梅、桃、杏、李、栗、梨、等の果樹が並び植えている.外堂、内堂、別堂、書堂、宮殿の如く寺刹の如く丹精も華やかである.
外から見れば家の主が王侯、大爵、高官か清雅な風流人の住家のようであるが主の雍(オン)固執は名うての意地悪、けちん坊だが村では旧家なので座首(庄屋)に認められている.

広い奥の間には作りの華やかさに似ず冬でもオンドルに火を焚かない冷たい床に80老母が薄いせんべい布団に包まって苦しんでいるが薬はおろか食べ物すら朝飯夕粥で貧乏人定番の粗末な献立である.鶏を食わしてくれるのは望まないがせめて卵でもたまには添えてくれても良さそうなもの、いやいや野菜なりといろいろ有る筈なのにキムチ一つだけだから栄養にならないのは当然なこと、親不孝にもほどがある.

或る時雍(オン)固執が母の居間に顔を出した.
老母は涙を流しながら恨めしく訴える.
『倅や.私がお前を生んで育てるときには可愛がり大事にして"銀子童や、金子童や、無疵の白玉童や、天地万物日月童や天の如く明るく、地の如く広くなれ.かけがえの無い私の坊や、天上人の如く尊い吾が坊やと誠を尽くして育てたのにそんなご恩も知らないの?.その昔王祥は氷を割って鯉を釣り親に孝行をしたというけど、それほどではなくてももう少しかまって頂戴.寒いしひもじいのよ.』
不届き者の固執メ母の言葉に答えて言うに
『秦の始皇帝も万里の長城を積み阿房宮を建て3千の宮女を置いて千年も生きるものと思ったに一朝に死して土に帰り、天下無敵楚の覇王も烏江で死んで行き、顔淵の如き賢学者も30代に早死しました.長生きしたとてつまらないもの、古より"人間70古来稀"と言うのに80にもなったうちのお袋、もっと生きて何をしますか."寿則多辱"とも言いますよ.』
要するに早く死になさいというのだから親孝行の観念なぞ毛頭無い.

それに加えて信心を無視し仏教を軽蔑した.坊さんが托鉢にでも来れば布施はおろか坊主を捕まえて耳を抓り錐で穴をあけ、つるつるの頭を土足で踏みつけるのがこの男の習慣であるからお寺の坊さんはこの家を避けて通る.
月出峰の翠巌寺に一人の道士がいたがその術法が鬼神もかおまけするほどの境地に達していた.或日お寺の住持が道術士の白雲和尚を呼び
『雍(オン)堂村の庄屋、雍(オン)固執と言う者が仏道を軽蔑し坊主を見れば仇の如く憎みいじめると言う.お前が其の家に行って布施を貰って来い.』
『はい、畏まりました.』
白雲は竹笠に麻布の袈裟をまとい百八念珠を首にかけ六環杖を手に持ち、のんきな足取りで山を降りる.桂花は咲き乱れ山鳥が賑やかに囀るのどかな道を歩いて雍(オン)家に着いた.

広い庭、大きな構え、軒先には風鈴が吊られゆとりと風流さがある.木鐸をボンボンと叩き勧善袋をひろげて念仏を唱える.
『千手千眼観自在菩薩、主上殿下万万歳王妃殿下寿万歳.布施をしなさい.極楽に行けます.南無阿弥陀仏観世音菩薩.』
飯炊きの婆が出てきて両手を振り振り
『ぼんさん、ぼんさん、噂も聞いてないの.うちの旦那がいま昼寝しているのよ.若し起きたら布施はおろか苛められて耳に穴をあけられるのが関の山よ.さっさとよそえ行きなさい.』 坊主いわく
『高楼巨閣りっばなお屋敷で和尚のもてなしそんな筈が無い.積悪の家に必有余悪あり、積善の家には必有余慶有ると言います.小僧は霊巌の月出峰翠巌寺から参りましたがお寺が退廃しお宅に参りましたから黄金一千両を布施なさいませ.』 合掌再拝木鐸をたたく時.

『なぜこう騒がしいか?』と雍(オン)固執不機嫌に現れた.老婆は
『玄関に坊さんが托鉢に来ていますよ.』 雍(オン)座首目をむいて怒鳴る.
『こら乞食坊主、布施をやったら何がどうなると言うのだ.』
白雲和尚六環杖を目の高さにあげ合掌拝礼して言う
『黄金一千両を布施なされば翠巌寺で水陸祭をあげるとき、どこそこの誰それと祈りをあげますれば貴方の願いがかないます.』 
雍(オン)座首フンと鼻でわらい
『笑わせるな乞食坊主.天が万民を作るとき富貴と貧践、子孫の有無、福不福をそれぞれ分け与えて出すものだ.お前の言う通りなら貧乏するものも無く子の無いものもない筈だ.義理の無い坊主野郎、父母の恩義を忘れ髪を剃って坊主になり仏の弟子になって阿弥陀仏など偽の理屈で大人を見れば "布施を呉れ" 子供を見れば "寺に行って坊主になれ"と不忠不孝をするお前等に誰が布施をやるものか.』
白雲答えて曰く
『青龍寺に祈りを上げ万古英雄蘇大成を生み尽忠報国しましたし、天数の勉強に励み主上殿下万々歳恙無かれと朝夕に祈りますれば竭忠報国ですし又父母えの報恩でも有りますればさようなことは仰せなさるな.』
『お前が天数の勉強をしたと?然らば我が輩の相を見てみろ.』
『座首殿の相を見ますれば、眉が長く眉間が広いから財は足りますが、涙堂が貧弱で子孫に恵まれませんし、顔が狭いので人の言うことを聞かないし、変死の危険もありますし、末年には中風に掛かり苦しんだ挙げ句死ぬ相です.』 

雍(オン)座首大いに怒り大声で下僕等を呼び寄せ
『おい熊蔵、六助、七兵衛、あの坊主をひっ捕らえろ.』
どこかの田舎坊主が主人の根性も知らないでのこのこやって来て布施を呉れと言うところに意地悪の主人が出て来て門答をしているからこれは良い見物だわいと影に隠れて見ていた下僕等『へい旦那』と一斉に飛び出し瞬く間に和尚の腕をねじ上げ地べたに転がした.笠と杖はあたりに投げられている.雍(オン)座主は厳めしく怒鳴りつける.
『この馬鹿坊主よく聞け.晋陶南のような学者も "僧はよろしくない"と相手にしなかった.お前のようなくそ坊主が仏を売り人の財産を巻き上げようとするのは許し置けぬ.』と下僕を促し耳に穴をあけ苔杖30度を見舞い放り出した.白雲和尚は無抵抗にされるがままだった.

白雲和尚が寺に帰ったら皆が迎えて
『どうでしたか?』と聞く.
白雲はありのままを話しながらも涼しい顔である.諸僧は
『大師の高い術法で閻魔大王に話し赤鬼青鬼を派遣して雍(オン)固執を地獄に落としてしまいなさい.』
『それはいけない.坊主が人を地獄に落とせと言うのか.』
『それでは大虎に変わり深夜三更に塀を乗り越え寝ている雍(オン)固執を咥えて深い谷間で一口に食べてしまいなさい.』
『たわけたことを申すな.僧が殺生をして人肉まで食えるか.』
『それでは大鷹に変身して高い崖の上で狙い待ち、おりを見て飄然と襲い奴の頭をわしつかみして攫い、目をほじくって盲にして山に捨てなさい』
『だめだ.憎いからとて人に傷を負わすわけには行けない.』
『それではしっぽが九つの千年狐になり、小野小町美女に化けて彩衣丹装に着飾り色好みの雍(オン)固執の懐に抱かれ丹唇皓歯半開して甘えながら "わたしは月宮の仙女でしたが上帝に罪を受け人界に落とされましたが行方がわからず迷っていたら山神が '座首様と縁がある'とここを教えてくださいました."と雍(オン)固執を誘惑し昼夜を分かたず女色に溺れさせ終には骨と皮だけになり高血圧、中風、腎臓癌で死ぬようになさいませ.どうですか喜ばして殺す、妙案でしょう.』
『何を申すかばか者ども.だから坊主は好色だと悪口を言われる.』

白雲大師藁を一束持ってきて藁人形を作りまじないをかけたら忽ち雍(オン)固執に変わった.顔も声も体つき、立ち居振舞いまでが雍(オン)固執にそっくりである.偽雍(オン)は悠々と雍(オン)の家に入るなり
『熊蔵、六助何を怠けとるか.牛の餌をやれ.春丹や稲搗きは未だ終わらぬか.怠けるな精をだせ.』と怒鳴りながら部屋に入っていった.
このとき実の雍(オン)固執が家に帰ってきて
『誰か来たのか? なんだか騒がしいじゃないか?』偽雍(オン)障子を開け.
『お前は誰か?なんで人の家に来て主人みたいな口を利くのか?』
実雍(オン)大いに怒り大声を張り上げ
『お前は俺の財産目当てに入ってきた奴だな.おい熊蔵、あいつを縛り上げろ.』 下僕等一斉に駆け寄るとき、偽雍(オン)一歩踏み出し
『お前等、あ奴を捕らえて縛り上げろ.』と命令する.
下僕等は面食らった.この雍(オン)もあの雍(オン)もまったく同じ雍(オン)だ.両雍(オン)相争うがどれが真の雍(オン)か判断が出来ないからどの雍(オン)にも手が出せない.

熊蔵は内堂に行き奥様に
『奥様.大変でげす.旦那が二人になりました.二人の雍(オン)が喧嘩をしてます.奥様早よう出てご覧なせえまし.』 奥方驚いて腰を抜かし
『まあまあ、どうしてそんな.うちの旦那、坊さんを見れば縛り叩き耳に穴をあけ悪さをし、仏法をあなどり、80老母に不孝をする罪の報いですか? 山神、地神が発動し仏さまが術法で罰を下さるのですか?婆や表え出てみてきて頂戴.』 春丹の母、前掛けに手を拭き拭き急いで出て門の隙間から外を覗いてみれば
『お前が雍(オン)か? 俺が雍(オン)だ.』
『馬鹿を言え.俺こそ本間の雍(オン)だ.』二人が怒鳴り合う.
然しあれもこれもまったく同じ雍(オン)だ.声も、話し方も、癖も同じだ.赤子の時から知っている婆も見分けがつかない.魂消てぼうっとしているのみ.奥に戻り奥方に
『誰か烏の雌雄を知ろうですよ.わたいには判りません.』 奥方は
『うちの旦那は座主を仰せ付かった時羽織を着ながら慌てて裾が火鉢の炭火にあたり裏が焦げて穴が少し開いているからそれを見たらわかるわ.』 婆が表に出て
『お二人さん、確かめます.羽織の裾を見せてください.』
実雍(オン)が裾をまくった.
なるほど羽織の裏地に焦げ穴のあとがある.
『貴方が本当の座首旦那です.』 
婆の言葉に偽雍(オン)一歩踏み出し
『何をぬかすか耄碌婆.これを見ろ』 と羽織の裾をめくったら同じく焦げ穴の跡があるではないか.婆は開いた口がふさがらない.何も言えず奥え引っ込み

『奥さんが出て直々にご覧なさい.私は到底わかりませんわい.』
『私らが会ったとき、'女必従夫'女は夫に従い生きて別れず、死ぬときも一緒に死のうと天地に誓い日月を証人にしたのにこんな変事に出会おうとは、私は行いを正しくし松柏の如き節操を守っていましたのに夫が二人とはとんでもない.どうすれば良いでしょう.』 と嘆くとき
『お家の大事、見ているだけには参りません』と、嫁が勇躍表え出た.
『おお嫁や.お前も聞いてみろ. 昌原馬山浦でお前が嫁入りのとき十数頭の馬にいろいろな嫁入りの道具を積み分けて俺はしんがりについてくる途中其のうちの一頭から真鍮の壷が落ちてへっこんだので使えずに今まで押し入れに置いているだろう.お前の舅は俺だ.』 と偽雍(オン)が自身たっぷりに先手を打った. それを聞いた実雍(オン)は
『こ奴.俺の言うことを自分が言ってやがる.これ嫁や、俺の顔をよっく見ろ俺がお前の義父に違いなかろう.』 嫁が曰く
『わたしのおとうさんは頭の上にすじがあり筋の真ん中に白髪が一本生えていますそれを見ましょう.』 実雍(オン)が髷を解き髪を分けて見せた.偽雍(オン)は同じく髷を解きながら道術で実雍(オン)の頭に生えた白髪を自分の頭に移したので偽雍(オン)が勝った.嫁は嬉しそうに偽雍(オン)に抱きつき
『あなたがうちのおとうさんです』と喜ぶ. 
実雍(オン)は口惜しくて自分の頭をボカボカ叩きながら
『こんな馬鹿な、偽雍(オン)を舅にしてほんものを見それるのか.ああ堪らんわい.どうしよう、どうすれば良いのかいな.』興奮して気が気でない.
主導権は完全に偽雍(オン)に握られているような感じである.

下僕の熊蔵は六助に弓場に行って若旦那を呼んでくるように言った.
六助射亭に飛んで行き若旦那を捕まえて息を切らしながら
『ハアハア、若旦那大変、大変でげす.旦那が二人になりましたよ.はよう家に帰ってみなせえ.』 雍(オン)の倅が箭筒を六助に渡して、急いで家に行って見れば偽雍(オン)倅に言う.
『向かい村の崔さんに10両おまえに渡せといったからその金で一両だけ酒を買って来るように言付けろ.こいつが俺に化けてきて俺の財産を横取りしようとしているのだ.癪に障って、口惜しくて堪らんのだ.』
実雍(オン)全くあきれて
『ア、ア、あ奴俺が言うことを自分が言ってるわい.』
息子が首を右に左に両方を見てみるがこれも親父あれも親父全く見分けがつかない.偽雍(オン)は倅に
『お前のお袋は何をしているのか.こんなときには遠慮もへちまも無いもんだ.出て来いと言え.』 

雍(オン)の女房がおずおずと出て来た.偽雍(オン)は雍(オン)の女房に
『お主、俺の言うこと聞いてみろ.俺達結婚初夜にだ.俺が抱こうとしたらお前が聞かないので俺がお前を口説くとき "われわれがこれから百年偕老、共白髪の生えるまで愛し合って行くのに今宵が生涯忘れられない初めでの晩です.この尊い夜を無意味に過ごすことは出来ないでしょう.さあ私に抱かれなさい.任せなさい.一つになりましょう."其のときお主は私に体を任せました.そうでしょう?違いますか?』
『其の通りです.あなたが本当の旦那です.』と偽雍(オン)を実雍(オン)と認めた.
実雍(オン)は自分がした通りのことを偽雍(オン)が話し女房までが実雍(オン)だというから堪らない.目から火が出る涙が出る.顔を真っ赤にして.
『お前がなんと言っても俺が本物だ.』と叫ぶしかない.
女房が見ても二人が全く同じだから溜め息をついて奥に引っ込んだ.

このとき金別監が訪ねてきた.(別監は目付け役のようなもの)
『雍(オン)座首居るかね.』とつかつかと入ってくる.偽雍(オン)が出迎え
『これはこれは金別監か.一月半振りだな.達者だったかね.よく来てくれた.おらあ今大変なめに遭っているんだよ.何処の馬の骨か知らないが俺とおんなじ格好をした奴がひょっこり現れて"自分が雍(オン)だ.ここの主人だ"と言い張って弱っているところだ. こ奴が俺の財産目当てに俺に成りすまして丸ごと乗っ取ろうとしているのだ.其の妻は知らずとも其の友は知るとも言うじゃないか.俺を知っているだろう.朋友の誼であ奴を追い出してくれ.』 
実雍(オン)はこれを聞き自分の胸を叩きながら.
『あの図々しい奴.俺に化けて良くもしゃべっているが誰がなんと言っても俺が本物の雍(オン)だ.お前は雍(オン)じゃない.』 
金別監も見分けがつかない.
『ちょっと待て.両雍(オン)が雍(オン)雍(オン)するからこの雍(オン)、あの雍(オン)見分けがつかない.これはお役所に訴えて判断してもらえばどうじゃ.』
おおそうじゃ、それが良かろうと、二人の雍(オン)が怒りで顔を赤らめ息をふうふうしながら役所に向かった.

二人は城主の前に出て各々自分が雍(オン)固執だと主張した.二人のうち一人は偽者に違いないが、然し顔も同じ衣服も同じ体つき、話し声、手、足、金玉まで同じだから真偽の区別がつかない.実雍(オン)が先に
『手前は雍(オン)堂村で代代暮らしておりますが意外にも手前と同じ格好をした者が現れて自分が雍固執だと申しています.世の中にこんな不埒なことが又と有りましょうか城主殿が明らかに判別してくださいませ.』
次ぎは偽雍(オン)が
『手前が申し上げたいことをあ奴が皆言いましたのでことさらに申し上げることは御座いません.明白に真偽をわきまえて下されば今死んでも余恨が御座いません.』
郡守は内心考えた."これは独断で簡単に決められることではない.幸い雍(オン)固執は村の庄屋なので役所のものが皆知っているから意見を聞いてみよう."と幹部を集めて見せたが一向に判らない.
『殿.戸籍を持って聞いてみたら如何でしょうか.』と大目付役の刑房が申し上げた.早速戸籍を取り寄せて審問することにした.実雍(オン)は
『はい.手前の父は雍(オン)松ですし、祖父は雍(オン)竹で御座います.』
『おんまつ、おんたけでは判らない.そっちの者申してみよ.』

『はい.手前雍固執、歳は37ですし父雍(オン)松は折衝将軍を致しましたし祖父竹は五将軍を致しましたし雍(オン)の本は海州ですし妻は崔氏で本が晋州ですし息子は骨と申しまして十九歳でして戊寅生まれです.又手前の家産を申し上げますと、糧穀類が豆類を含めまして二千五百石、厩に騎馬が六頭、豚が雄雌合わせて二十頭、鶏が六十首、器皿は安城の鍮器十組に飾り棚、文匣、箪笥は部屋ごとに有りますし山水屏風、蓮化屏が揃っていますし牡丹屏一組は息子の婚礼のときに破れて今なおしに行っていますし本は千字文、唐音、唐律、史略、通鑑、小学、大学、論語、孟子、詩伝、書伝、周易、春秋、礼記、総目まで押し入れに積んで有りますし、銀の指輪が20個、金の指輪が10個、絹の反物が色とりどり合わせて13匹、麻布が30匹、手織り絹布が40匹中、手前の娘に初のものがありましておしめを絹布の上に置いたため血が少し付いていますからこれを見たら判ることですし花模様の布鞋が30足、男用の花鞋が6足ですが今月三日の夜一足を鼠がかじり押し入れに突っ込んでいます.これをお調べになり一つなりと間違いがありますれば杖刑の末命を落としても恨みは致しません.あの者が手前の財産を目当てにこういう騒ぎを引き起こしていますので厳重な処置をして又とこう言う事が起こらぬようにしてくださいませ.』
偽雍(オン)のすらすらと述べる話しを聞き終えた城主は.
『其のほうが本物の雍(オン)座主だ.』と判定を下した後.

『雍(オン)座首こちらに上がって来なさい』と上席に上げ慰労の酒肴をもてなした.酒席には官妓がつきもの.妓生が杯になみなみとお酒を注ぎ手に持ち色目を使いながら勧酒歌を歌う.
"とりなされ、とりなされ、この杯をとりなされ、この酒を飲まれれば、千万年も長生きします.この酒は酒にあらず漢武帝の承露盤に受けた露です.一息にお飲みなされ."
偽雍(オン)悦に入り杯を受け取りぐっと飲み干した後曰く.
『すんでの所で財産をあの者に取られ、美人のお酌で美酒を頂けないところを城主殿のお陰で家が守れました.このご恩は白骨になるも忘れがたいもので御座います.折がありますれば手前の家にお越しになれば濁り酒一杯おもてなし致します.』
『うん、折があればそうしましょう.』と快く承諾し、

実雍(オン)に向かって.
『お前は雍(オン)座首の財産を横取りしようとした罪で本来なら島流しの罰に当たるが笞杖で済ますから有りがたく思え.』 刑吏に
『罪人に笞杖30度を執行し白状を取れ.』と命じた.刑吏どもはいよいよ自分たちの出番だと力み実雍(オン)を刑台にうっぷせに縛り付け杖木で叩いた.叩かれながらも罪人は叩かれる数字を声を張り上げて数えなければならない.
『あっ、一つ』 『ああっ、二つ』 『あっ、痛ッ三つ』という調子だ.
金持ちで村の座首でもあるので普段威張って命令をするだけで力仕事をした覚えのない雍(オン)だから六尺の杖木で30度も叩かれたから堪らない.正に半死の状態である.
『これでもお前が本当の雍(オン)だと主張するのか.』
刑吏は白状を迫る.雍(オン)は考えた.ここで意地を張ったら叩き殺されるだけた.さすがの雍(オン)もこれ以上意地は張れない.死んでしまったらそれでお終いだ.なんとしても生き延びねばならない.歯を食いしばって声を張り上げた.
『私は雍(オン)では有りません.偽者です.』と白状した. 
『あ奴を郡の境外に放り出せ』と城主は追放を命じた.軍卒どもは雍(オン)の髷を掴み引きずって牛車に乗せ郡の境界外に放り投げ
『再び雍(オン)真郡内に入ったらもっとひどい目に逢うぞ.』と脅かした.

実雍(オン)は仕方なしに乞食に転落した.
金持ちの名門に生まれちやほやされ不自由を知らず人を顎で使い自分の気ままに暮らし今まで雍(オン)真郡の外には一歩も出たことが無いそれこそ井戸の中の蛙であった実雍(オン)は見ず知らずの土地に放り出されて途方に呉れるしかない.それに働くとか稼ぐとかを知らない雍(オン)としてはひもじい腹を抱えて人の家の門前に立ち食を乞うしかない.五尺の体を横たえるところとて無い.軒下か木陰で露を避けるのが方便のすべてである.
実雍(オン)の苦労はなれないだけになおさら惨めであった.或る時は犬にかまれ、子供たちに石礫を投げられもした.門構えの立派な家ほど冷ややかに対した.かえって貧しい家の家内が温かいご飯を食わしてくれた.時にお寺で物乞いをすれば隔たり無く親切にしてくれて驚いた事も有る.其のときには坊さんが天使のように見えた.
実雍(オン)は悔いた.過ぎし日の自分が恨めしいほど恥ずかしく思えた.後悔先に立たずではあるが後悔した.根本は善良であるみたい.
"ああ、俺は悪い奴だった.性根が曲がっていた.世の中を知らな過ぎた.罰当たりも当然だ."と思うが家族が恋しかった.
年老いた母が気になった.親不孝をしたのが心をさいなんだ.
何も知らずに今は偽雍(オン)の懐に抱かれているかもしれない可愛い妻が恋しかった.
自分の身の苦しさよりも家族を思う心が大きくなりつつあった.

訴訟に勝ち城主殿に酒肴のもてなしまで受けて意気揚揚と家に帰ってきた偽雍(オン)のしぐさが又見物.家の中を歩き回りながら大声で
『ういいっ、良い気持ちだ.変な奴にひょっとしたら可愛い女房を取られるところだったわい.』と上機嫌である.家のもの皆が出て来て歓声を上げる中、雍(オン)の家内は嬉しいあまりに偽雍(オン)の手を取り
『勝ったのね』
『おお、そうだとも.心配したろう.財産はおろかお前まで奴に取られるところだったよ.城主殿が明哲なお方だからお前の顔を見れるようになったのだ.不幸中の幸いだ.そうだろう.』
『本当ですわあなたぁ』
家族皆が偽雍(オン)を実雍(オン)と思っている.
やがて日が暮れ偽雍(オン)は雍(オン)の家内と夫婦睦まじく思い出話を語りながら夜を更かし鴛鴦襟寝に嬉々として抱き合い濃厚な愛撫と雲雨の情を交え、雍(オン)の家内は快い疲れに眠りについた.
暗い空から無数の小さい藁人形が落ちてくるのを雍(オン)の家内が両手を広げ懐に抱き寄せた瞬間目がさめた.不思議に思い隣で寝ている偽雍(オン)を揺り起こし夢の話しをしたら.
『それは胎夢だなぁ.沢山の子が生まれるかもしれないよ.』
10ヶ月が過ぎて雍(オン)の妻産気をもよおし出産をしたが出るわ出るわ次々と生まれてくる.兎か豚が子を産むように六双子を生んだ.
雍(オン)の妻は沢山の子供を難なく産んだのが嬉しくて大事に育てた.

実雍(オン)は家を追い出されて流浪をしている間限りない辛酸をなめた.其の内に人情と言うものを知るようになり喜怒哀楽を感じ前非を悔い恥じた.しかし日増しに家族が恋しかった.
彼は山に入り人気の居ないところで泣いた、心行くまで泣いた.
其のとき何処からか歌声が聞こえた.
"後悔限りなし.天が下した罰なら誰を恨まんや."
驚いてあたりを見回せば絶壁の上に一人の老僧が?座している.
実雍(オン)は急いで立ちあがり合掌拝礼して
『私メの罪は千死しても惜しくありませんが、老いた母親、いとしい妻子が逢いたくて死に切れません.仏様のお慈悲で助けてくださいませ.』
『天地間にお前ほど悪い人間は居ない.老母を冷たい床に寝かし一椀の粥で飢えさせ、仏道を軽蔑して坊主を苛めるのを楽しむお前は殺しても罪にはならぬが人は心を変えれば鬼にも仏にもなるものお前を許すからこれからは善良になれ.今直ちに家に帰れ.帰れば奇異なことが起こるはずだ.』 老僧は言い終わると煙の如く消えた.

実雍(オン)は家に帰った.
高楼巨閣すべてが其のままだ.人は見えないが勝手知った我が家、庭を通り自分の部屋の扉を開けた、偽雍(オン)が居ないホット一安心して部屋に入りあたりを見回したら片隅に藁人形が転がっている外は元のままである.実雍(オン)は家内が居る内堂に入っていった.
乞食姿の実雍(オン)を見た雍(オン)の妻はびっくり仰天大声張り上げ、
『誰か来てぇ、あの悪い奴が又来たのよ.今度は部屋にまであがって来たのよ.助けてぇ』 実雍(オン)は落ち着いてどっかと座り.
『俺が本当の雍固執、お前の旦那だ.』
其の瞬間赤子が皆小さい藁人形に変わった.
『又そんなこと、誰が信じます.』
『お前は藁人形を沢山生んだなあ.その間面白かったか?』
雍(オン)の妻が赤ん坊を見たら全部が藁人形である.実雍(オン)は家内の手を取り乞食をしていた一年間つらさに堪えていた間、限りなく過去を後悔したこと、老道師に逢い帰るのを許された話しをした.
妻も人を間違えたことを恥じ夫を慰め労わった.

雍(オン)は生まれ変わった.
親には孝行をし、人には親切にし、仏道えの信心も深く、人々に称えられたという.

おわり