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園だより 「元気いっぱい」より抜粋

  
  
 

子どもが本来持っている向上心を維持する

大リーガー・大谷翔平選手の言葉を分析する齋藤孝さんの言葉

 
 R3年度 園だより「元気いっぱい12月号」より抜粋 

 
 
 
 
大谷翔平選手のMVP受賞が満場一致で決まったのは、生活発表会の当日朝でした。これに先立って行われた大谷選手の記者会見の言葉を、教育学者で明治大学教授の齋 藤孝さんがNHKニュースの中で分析していました。心から腑に落ちる感じがしたので、要約してご紹介したいと思います。
 
会見を通じて、むだな謙遜がない
「特に自分のやっていることに対して すごいなという感覚はないですね。」 大谷選手には、プレー中も、MVPを受賞しても、心が一定に保たれて、舞い上がるような姿はありませんでし た。これが大谷選手の特徴であり、長所であると齋藤教授は言います。 そして全体を通じ、日本の受け答えの悪い習慣でもある「むだな謙遜」が排除され、すっきりした会見でした。 本当の気持ちを聞きたいのに、「とんでもない。私なんかまだまだ」ということが積み重なると、人と人との距離がどんどん遠くなります。その点大谷選手はむだがなく、しかも素直に心情を表現して嫌われない人格です。
 
「悪い」を経験できる幸せ
「毎日、良かったなとか、ここが悪かったな、というのが出てくることは、すごい幸せなことじゃないかな」 大谷選手にとっては、「悪い」ということが悪いこと、不幸なことではない。悪いことがあって、それを含めていい日だった、いい1年だったというまとめ方をしている。課題が見つかるということは、自分が向上していくチャ ンス。チャレンジする場に身を置けている、それが幸せだ、というのです。
 
率直で前向きな心を持ち続けている
「目標に向けて確実にレベルは上がったかな。」 もう一歩難しい課題にチャレンジしたい、という気持ちを、実は幼児や小学生はみんな持っています。 跳び箱3段跳べたら次は4段跳びたい。この子どもが持っている当たり前の向上心を大谷選手は持ち続けている。子どもは謙遜しないので、自分の心のままを言います。誰もがやっていたことですが、大人になると忘れている。この率直で前向きな心を思い出すだけでも、ちょっと変わります。
 
自分の評価は自分でしない
「自分の評価は自分でしないと決めている。高く評価してもらえるならそれは光栄なことだなと思っています。」 人は自分で自分を評価すると、否定的になることが多いものです。そうせず、課題を見つけ、そのことで自分の中の小さな変化を見ることができると、ああダメだではなく、ここは良くなっている、ここはもうちょっとだか らこうやろうと、自分でやることをやるだけになります。 私たちは野球をやるわけではない。 でも言葉を通して、大谷選手の姿勢を、自分の生き方や仕事に直結させて、生かすことができる、こう最後に齋藤先生が締めくくりました。 子どもが本来持っている向上心を傍らで引き出し、輝く場を育んでいくこと、それが私達幼児教育者の役割だと改めて念じました。
 

主任・小林浩子



 
 

考えることは、自分の弱さと向き合うこと

哲学研究者・永井玲衣さん『水中の哲学者たち』との出会い

 
 R3年度 園だより「元気いっぱい11月号」より抜粋 

 
 
 
 
 
緊急事態宣言下で一番の収穫は、移動しなくてもYouTubeなどのオンラインで、講演や対談等を見る(聞く)機会が増えたことでした。興味関心を基軸に好きなヒトや好きなコトが繋がって、新しい本に出会いました。
 
『水中の哲学者たち』(晶文社刊)
 この本は、2021930日に出版されたばかりのエッセイ集です。著者は1991年生まれの若き哲学研究者、永井 玲衣さん。永井さんには「弱さとは何か?」という NPO法人抱樸(ほうぼく)理事長・奥田知志さんとの対談で出会い、様々な場で「哲学対話」を実践されている方だと初めて知りました。
 
くじら会議は「哲学対話」の試み
 車座になって考えたことを言葉にし、 伝え合い、様々な考えがあることを知り、考えを深めていく経験「哲学対話」。大人も子どもも、学校や企業等でも行われています。 「哲学」というと何かとてつもなく難しいことのように感じられるかもしれま せんが、富士中央幼稚園でも、子どもたちが言葉を通して共に考えるきっかけと して、折々の「くじら会議」として試みている取り組みです。
 
哲学は自分を強くする手段ではない
 対談の中で、永井さんは言います。 「私は最初、哲学をする、つまり考えることは、強くなれることだと思っていました。私が生まれた1990年代は、自己責任という言葉が前傾化した時代です。 世の中が不安定だから、とにかく自分で決断し、生き残ることが大切。限られた椅子に向かってとにかく走れ。走る、走らないは貴方の自由に任されている、そんな時代に生きた実感があります。」
 
自分の弱さを体感するかけがえのなさ
  「私自身も最初は考えることで、不安な自分を強化しなければならないという時代に後押しされている側面があった。 今学校に行って子どもたちから一番出るのが【自己責任】というワードです。 哲学も、強く、決断できる主体を獲得する手段と捉えられている。 でも、実際哲学すると、人は自分の弱さを体感することになる。自分の弱さに向き合うこと、それは今の時代には不可欠なことだと思います。」
 
幼稚園の砂場の感触を原点に
 さて、読み進めたエッセイの最後の文章に、いきなり「幼稚園」という言葉が出てきて驚きました。 「いつものようにひとり幼稚園で砂を掘り進めていたある日。自分もなかば沈みながら、スコップで40センチメートルほど掘ったときのことだった。(中略) 永遠かと思えた砂場の終わりだった。 やっぱり底はあったんだな。 思考の行き着く先があるのか不安になったとき、わたしはあのときのカツンという確かな感触を思い出して、少しだけ勇気づけられるのだった。」 哲学者の思考を今も支える幼稚園の砂場が、私達の大切にする教育の場です。 
 

主任・小林浩子



 

自分を信じ、自ら一歩踏み出せる子どもに

人生の幸せのはじまりは、自己肯定感が育つ幼児期にある!

 
 R3年度 園だより「元気いっぱい10月号」より抜粋 

 
 久しぶりの幼稚園。子ども達がご家庭から幼稚園に生活の重心を掛け直すことには、ご心配やご不安が当然あると思います。小さな子どもたちが、社会のもたらした困難を明るい気持ちで乗り越えていくために、私たち大人ができる一番大切なことは、シンプルに子どもの生きる力を心から信じ喜ぶことです。 「できる・できない」の評価から離れ、人と比べない、というのはなかなか難しいこと。目の前にいる唯一無二の子が、自分の力を信じて生きていけるよう、かけがえのないどの一歩も認めることから始めましょう。
 
思いやりのある子 ・自分に自信が持てる子・友達を大切にする子
 突然ですがこれは、親が子に望む「こんな子に育ってほしい」ランキング・ベ スト3です。第45位は「社会で自立できる子」「自分らしさ(個性)のある子」、67位は「目標を達成する力のある子」「人に迷惑をかけない子」、8位になると「リーダーシップのある子」 「勉強ができる子」と続きます。 1位から7位までは、見事にテストでは測れない力、人としての力を親が子どもに求めていることがわかります。素晴らしいですね。できるできないに関わることは、ようやく最後に8位に並んで 「勉強ができる」という言葉 で入っているだけでした。
 
できる・できないの評価から離れる
 実際に子育てを始めてみると、いろいろな迷いが出てきます。 幼稚園では英語も小学校から始まるプログラミング も、なんでも早く始めた方がいいんじゃないか。「みんなやってる」「うちの子だけできなかったらどうしよう」。 大切なお子さんです。他の子と比べるつもりはないはずなのに心配は次々に湧いてきます。いつの間にかそんな不安を解消し、習い事に行かなくても済むような思いが、子どもが3年間生きて、人として育つ場を選ぶ基準になることもあります。が、幼児教育で大切なことは、本当に小学校教育の前倒しでしょうか。
 
集団の中では習得しにくいもの
 技術や知識は、どちらかといえば集団の中では習得しにくいものです。特に小さな子どもには。好き嫌いに関わらず園生活の中で習い事のような「できる」ための練習や反復ばかりやっていると、必ずうまくできる子と、できない子が出てきます。「できない自分はだめなんだ」 という思い、できる子には自信と同時に優越感、子どもたちの生活に「できるできない」や優劣の評価が入ると、親が望むこんな子に育ってほしいランキングと は、正反対の姿が見えてきませんか。
 
人としての学びの基礎を育てる幼稚園
 幼児教育で大切なのは、活動そのものというより、その活動の中で子どもがどんな体験をし、それがその子にとって意味のある経験になっているかです。目先のできるできないではなく、五感を動かし、おもしろい!知りたい、もっとやってみたい!と、学びの世界を自分の力で広げていく子どもの姿を、富士中央幼稚園は2学期も大切に育てていきます。
 

主任・小林浩子



 

こどもが始めたことを大切にし、肯定する

お茶の水女子大学 宮里暁美先生に学ぶ 

 
 R3年度 園だより「元気いっぱい9月号」より抜粋 

 
 
 
 夏休みは先生たちにとって「育み力」を アップさせる研修期間でもありました。コロナ禍でほとんどがリモート研修となりましたが、夏の素敵な研修から「子どもの主体的な遊びの捉えと援助」について講演されたお茶の水女子大学特任教授・宮里暁美先生のお話を、園の教育理念に繋げてご紹介します。
 
 
子どもの「やりたい・もっと知りたい」 =「学びの思い」を育てるために
 子どもは、自分で「やりたい!」気持ちを発揮し、より豊かに育っていきます。どうしたらそのような「主体性」が子どもたちに育っていくのでしょうか。 子どもたちが自分のこととして「やってみたい」「もっと知りたい」と思うためには、まず「自分で感じる」ことが大切で す。「楽しい」「おもしろい」「きれいだな」だけでなく「悲しい」「かわいそう」「いやだな」も全部です。 子どもが最初に感じる気持ちが、大切にされて初めて、「もっと知りたい」「どうしたらいいかな」「こんな風にやってみよう!」の気持ちが自分のものとして育つ。 その気持ちを大切に感じて、次の学びに繋げるのが私たち幼稚園の役割です。
 
「感じる」は、子ども自身に託された 大切な力
 宮里先生は、レイチェル・カーソンの言葉を引用しながら、「〝感じる〟は子ども自身に託された大切な力」とおっしゃいました。まだ言葉も拙い子どもたちに「感じる力」が託されているということに、希望の光が見えるようです。また人がどう感じるかは、誰にも強制されません。だからこそ、そこから子どもの主体性として「やってみよう!」「もっと知りたい!」という 「学びの思い」が育っていくのです。 宮里先生の「日々の中で、やりたい!を大事にする風土を形作る」という言葉が印象的でした。
 
子どもたちのが進むその先へ!見渡す「地図」を豊かに広げる2学期へ
 保育学者・津守真先生の言葉も引用されました。 「子どもが始めたことをまず大事にし、肯定し、それを共に味わい、一緒に生きる。 それが(子どもの)育つ場である。」 「感じる」心を引き出すのは、子どもがいる「環境」です。教育の場である幼稚園は、子どもの感性を引き出す「たからじま」のような場所でありたいと思います。 子どもたちにとって、見えるもの、聞こえるもの、体験できることを豊かな「環境」 として用意し、設(しつら)えていくことも私たちの大切な役割です。 そこから導かれる発見や学びを見通しながら、尚もぐんぐんその先を行こうとする 子どもたちに突き動かされ、共に喜び合いながら、子どもたちの地図を、視野を、更に深く豊かに広げていく2学期としたいと思います。
 

主任・小林浩子



 

たった一つの詩があるだけで

くじら組の子どもたち、谷川俊太郎さんの言葉と出会う

 
 R3年度 園だより「元気いっぱい7・8月号」より抜粋 

 
 
 人生の節目に一つの詩と出会ったり、あるいは一つの詩との出会いが人生の節目を作ったり、ということがあります。小説や論文等と違って、詩は、理屈ではなく、選び抜かれた言葉の響きに託された、思いや人生、生きる姿勢の表れです。短い長いに関わらず、美しい一つの詩は、丸ごとで向き合える宇宙そのものなのです。 大人も子どもも、好きな詩を一つ、それぞれの宝箱に。。。
 
出会う言葉・使う言葉が人生を創る
 言葉は、子どもたちの成長にとって、かけがえのない環境です。 出会う言葉が人を創ると言っても過言ではありません。前向きな言葉が人生を創造的にするように、詩人が書いた美しい言葉 は、言葉の音を心に響かせたり、日常の意味を考えさせたりするものです。 反対に、怒鳴り声や罵りあう声、マイナスの言葉の中で生きることは、子どもの脳を破壊する、という研究結果さえ出ているほどです。 子どもたちが出会う言葉、子どもたちが立ちどまる言葉、使う言葉。くじら組の先生たちは、子どもたちのために、谷川俊太郎の詩『きもち』を選びました。
 
子どもたちが深く味わう詩人の言葉
 くじら組のファミリー参観では、ご家族 と一緒に「きもち」を考えながら、福笑いのように顔の表情を確かめて楽しみ、遊びました。参観に先立って、子どもたちは、 すっかり『きもち』という詩を覚えています。

いろんな きもちが うまれては きえ きえては うまれる
やさしいきもち おこるきもち はずかしいきもち おそろしいきもち・・・
こどもも おとなも きもちは おんなじ
でも じぶんのきもちと ひとのきもちは ちがう。
ひとが どんな きもちか かんがえてみよう
 
 そうして言葉を味わいながら、教室では自由に、たっぷりと遊び込む姿が見られました。ホワイトボードには、マグネットの顔パーツでかわるがわる表現されていく顔の表情と「きもち」の言葉。幼稚園で出会う言葉は、学校のテストとは違って、覚えたかどうかを試されたりしません。ただただ、楽しむばかりです。 現くじら組の子どもたちと言えば、既に年中きりん組の時に『あっちゃんあがつく』を丸ごと一冊自由に操り、お正月のカルタ遊びも一人残らず真剣そのもの、発表会には大作『めっきら もっきら どおんどん』を、気持ちを込めてロゼシアターで披露したツワモノたちです。新しい言葉との出会いが、どんなに子どもらの心を沸き立たせたことか知れません。
 
美しい言葉と共に、幸せに
 子どもの頃に出会う美しい言葉は、情景と共に一生心のアルバムに刻まれます。それを「幸せ」と呼ばずになんと呼びましょう。

主任・小林浩子



 

育ちにとって意味のある「点」を打つ

希望が広がる構造的な幼児教育のはじまりとして

 
 R3年度 園だより「元気いっぱい6月号」より抜粋 

 富士中央幼稚園の幼児教育を考える上で、私達が何より大切にしていることは、「育ちの構造」という視点です。別々に見える小さな一つ一つの事柄や要素が、響き合い、機能しながら、子どもたちの成長を支える大きな環境となるという考え方です。
 
 私が実際に出会った先生の中で「幼児教育・保育は構造的である」とおっしゃった方は二人しかいません。そしてその出会いと言葉に導かれて、これまで幼児教育・保育の道を歩んでこられたと言っても過言ではありません。 
 
 お一人は横浜の安部幼稚園を設立された故・安部富士男先生。その保育構造論に惹かれて教育実習にも訪れた尊敬する先生です。もうひと方が、昨年亡くなられた富士市の宗教心理学者であり僧侶、日本画家でもある丸茂湛祥(まるも たんしょう)先生でした。日頃から繁茂におつきあいをさせて頂いていたということではなく、私にとっては光が横切るような、人生の中では一瞬の深い出会いをさせて頂いたのが丸茂先生です。
 
 もう20年近く経つでしょうか。県立高校の国語教諭を歴任された丸茂先生は当時『富士の保育史』の編纂委員長をされておられました。今ほどにITC化が進んでいない時勢、少し編集経験があった私がその編纂作業のお手伝いをさせて頂く機会を得て、先生が園長をされていた保育園を訪れました。京都大学哲学科で学ぶ傍ら在学中から日本画も描かれた丸茂先生は、その時たくさんの屏風大の作品を広げて見せてもくださいました。原稿をPCで文字に起こしてレイアウトするささやかなお手伝いでしたが、立派な装丁の書籍の片隅に名前を載せてくださるような、ご配慮の温かい先生でした。
 その丸茂先生が忘れもしないある研修会の総評でおっしゃられたのが「保育は構造的なものである」というお言葉です。些細な仕事をも大切に捉えて保育史に繋いでくださったことの原点に出会ったような思いでした。
 
 すべての点は繋がり、線になり、面になり、時間軸も合わせて、立体的構造的に子どもの育ちを支えています。だからこそ一冊の絵本が、用意する教材が、保育者のまなざしが、子ども達に投げかける一つ一つの言葉が、そして携わるすべての人の立ち居振る舞いや小さな仕事が、子どもたちにとっての経験となり、人格を育てていくために欠かせないものとなるのです。
 まずは富士中央幼稚園として、子どもの育ちにとって確かに意味のある「点」を打つ。それがどこまでも広がる「育ちの構造」の出発点となるのだと思います。   
 

主任・小林 浩子



 

かけがえのない宝物は日常の中に

ONE STROKE 駒形あいさんの小さな絵本「ほっとする手」を読んで

 
 R3年度 園だより「元気いっぱい5月号」より抜粋 

 
 
 
 
 日常の大切さや普通であることのかけがえなさに、思い至りながら過ごしてきたこの1年。繰り返される不安や 緊張の中にあって、ONE STROKE 駒形あいさんが、掌に収まるような小さな温かい絵本を出版されました。
 
 
 
「ほっとする手」AI KOMAGATA
 ほっとするとき、どんな手をしていますか。ゆうぞうさんは、ページをめくる その音を楽しむ。 あすかさんは、花をかざる すこし曲がってるのが、すき。 ふみちゃんは、髪をとかしてもらう。お母さんはイライラしていると、 いつもよりちょっと痛い。
 
幼い頃の自由な気持ちを思い出す
 出版は20211月。保護者の皆様と同世代の駒形あいさんにとってこの時期、新型ウイルスの出現と規制、渦中での第二子出産と育児、ご家族と仕事と、クリエイターとしての創造と、きっとたくさんの役割があるなかで、ほっとできないたくさんのことがひしめいている日常だったことでしょう。 「気がつけば時間に追われてばかり。 プレッシャーを楽しむのもよいが、自由な気持ちは残しておきたい。」「思うままに線を描き、色をつけていく。幼い頃の自由な気持ちを思い出した。」 あとがきを読んで、創造の原点が「幼い頃の自由な気持ち」であることにハッとさせられます。
 
見過ごしている宝物はありませんか
 ほっとするのは「心」のはずなのに、「手」と書くことでこの小さな絵本に は、仕草と人と、時間と空気、人が醸す雰囲気と、日常と記憶と....様々な事柄が静かに確かに繋がっていき、強さと温かさと拡がりが生まれています。思いを留めなかった日常や、見過ごしてしまった宝物のような瞬間がなかったろうか.....反省、そんな言葉では置き換えられないほど胸の奥の方で、今こそ大切にしたい願いや希望が新しい芽のように吹いてきます。今が始まり。そうして改めて子ども達の小さな手の力強さに気がついたりするのです。
 
それぞれの新しいページを紡いで
 大切だからこそ見えにくい目の前のことが、必ず子ども達の未来に繋がっていることを、心から信じられる絵本でした。誰もがもっているはずのかけがえのない宝物に、子どもも大人も出会える幼稚園でありたいと思います。 絵本の新しいページは、それぞれが自分の「ほっとするとき」を思うことでどこまでも続いていきます。
 

主任・小林 浩子



 

一人一人の子供を主語にする幼稚園教育とは

中教審シンポジウム「令和の日本型学校教育」の構築を目指して を聞いて

 
 R3年度 園だより「元気いっぱい4月号」より抜粋 

  

 今年度こそ子ども達と共に春を過ごすことができる!なによりそれが嬉しくて、幼稚園では新学年の準備がいつもより少し早めに始まりました。新型コロナウイルスの感染拡大で、日本の学校教育の課題が喫緊のものとして浮かび上がってきたのはご存知の通りです。ですが、どんな問題でも嘆いてばかりではなく、ではどうしたら良いのかを具体的に考える、未来を拓く人を育てたいと思うし、そういう人でありたいと思います。
 
 
■日本の教育の課題解決を考える人達
 「中央教育審議会」は 、文部科学大臣の命を受けて、 日本の教育の課題に色々考えて答えを出します。1月に学校のICT活用等の課題について答申を出された委員の方々6名のオンラインシンポジウムが3月27日、2時間に亘り公開されました。(現在も視聴可)方法の一つである一人一台のタブレットの配布には現実的な課題もたくさんあります。立場や教育へのアプローチ、年代も様々な方々が、何のために何をどうやるのか、教育に関わる全ての一人一人が、膨大な検討事項の前に倒れることのないよう、原点を見つめ直すような会であったと思います。その原点が正に、「幼稚園(学習)指導要領」の総則前文にあることを、シンポジウムの最初に、教育現場を実際に改革されてこられた荒瀬克己先生が確認されました。
 
■主体的・対話的・深い学び
これからの幼稚園(学校)には、‥一人一人の幼児(児童)が、‥自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値ある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにする‥ことが求められる。」幼稚園から高校まで、この前文は一貫しています。
 
■「自己肯定感」があってこその意欲
 子どもが自分のよさや可能性をわかるということ。つまり「自己肯定感」を持つことで初めて、こんな事やってみようかな、うまくいかなかったけれど次は違う方法でやってみょうかな、一人でできないからと諦めるのではなく、誰かと相談してやってみよう、今できなくても大切な事だから機会があったらやってみよう、と意欲に繋がる。。。シンポジウムでは、お一人お一人の教育への向き合い方の誠実さ、温かさが伝わり、私自身も原点に帰って時間の経つのも忘れました。私達の新しい年度にご期待ください。
 

主任・小林 浩子