ウサギ


 第二の人生

 − レン −

「ボク、寂しいんです」 ちょっとブルーな表情
パニック、パニック!




2005年10月12日(水)

レンは、わたしにとって初めてのウサギだった。職場で見慣れているとはいえ、見ると飼うでは大違いであろうと、引き取るまでの間に飼育書を買い、ネットで飼育情報の収集に努めた。


その日、レンを貰い受けるためにキャリー代わりの鳥かご(ヤッピーの旧宅)を持って実験施設の外で待機していた。いよいよレンが出てきて、飼育担当の女性から渡された。最初は、どう抱っこしていいかも分からず、ヒヤヒヤだ。

ちょうど居合わせた女の子たち(さっきまで解剖やってたお姉ちゃんだったりする)が群がってきて、たちまちレンは人気者になった。皆、「カワイイ〜」を連発し、携帯でパシャパシャやりだして、にわか撮影会となった。

定時までまだ少し時間があったので、レンは人通りの少ない廊下の隅にカバーを掛けて置いておいた。

居室に戻ると、かつてウサギの実験で鳴らした上司が、飼育法をとくとくと説明してくれた。「ウサギはね、太らせちゃいけないからね。おからをあげるといいよ。」
・・・かなり、マユツバだ。


しばらくして、廊下から女性の悲鳴とただならぬ物音が聞こえてきた。びっくりして駆けつけると、ウサギが鳥かごの中でパニックを起こしてバッタンバッタン大暴れしている。

先程の取り巻きの1人だったその女の子は、
「なんにもしてないのに、なんにもしてないのに…ちょっとのぞいただけなのに…」
と、こちらもパニック寸前だ。何せ、普段は組織標本相手に仕事している人なのだ。

「大丈夫、大丈夫…」とウサギと女の子をなだめつつ、パニックが治まるのを待つしかなかった。骨折しなきゃいいけど…と心配したが、何とか無事であった。

早々に、レンを連れて帰宅した。


* * * * * * * * * * * * * *


家に着くと、まずは鳥たちにレンを紹介した。鳥もウサギも目をまん丸にしていたが、ウサギは無表情で何を考えているのかさっぱり分からない。

体重は1.8kg。

レンは床に置いてやっても、カチカチに凍り付いていて殆ど動かない。這うように2、3歩移動し、絨毯を掘るような仕草をした。


準備してあったケージにレンを入れ、ペレットと牧草を入れてやった。給水ボトルをセットして、飲み方も教えた。

実験動物はペレットだけで飼育されているが、実験動物用の餌というのは大体が高カロリーにできている(ウサギにいたっては繁殖用の餌である)。なるべく早いうちにヘルシーなものに切り替えるつもりであった。

そして、懸案は牧草である。これを食べないウサギはお腹の調子が悪くなったり、不正咬合になったりと、長生きできないケースが多いようなのだ。


余談であるが、以前、職場にミニウサギを飼っている人がいて、相当な溺愛ぶりであったのだが、程なくしてそのウサギが亡くなってしまった。聞けば“牧草を食べなかったから”だったという。彼女はれっきとした獣医師免許所持者だったから、余計に驚いたものだ。そんなことって、ねぇ…!?


ともかくも、レンは生まれてこの方一度も牧草なんて見たことがないはずだから、食べてくれるかどうか不安だった。どんな牧草がいいのかも分からなかった。牧草には一番刈り、二番刈り、三番刈りとあって、産地も色々だ。とりあえずはホームセンターで売っていたお試しサイズのものを買ってあった。



「よいしょっと! この餌入れは食べにくいなあ」
(この上には鳥がいます)

しかし、心配には及ばず、レンはいきなり牧草をむしゃむしゃと食べ始めた。
身体に必要なものは本能的に知っているのだろうかと不思議に思った。


鳥かごを置いている台の下にウサギのケージがすっぽりと入るスペースがあったので、レンはそこに置いてやった。
上部と3方向を壁に囲まれているから安心できるだろうと思ったのだ。



レンは20時には寝てしまった。レンのいた飼育室は、温度22℃、湿度55%、照明は7時〜19時に設定されていた。実験動物はこの上もなく過保護に飼育されているのだ。
寝る時間を1時間も過ぎちゃっていたんだよね、と気付いて、ケージの前面をダンボールでふさいで暗くしてやった。色々あって、疲れただろう。


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2005年10月13日(木)


明け方の4時頃、物音で目が覚めた。
レンがお皿をガタガタやっている。文鳥たちの暴れる音がして、あわてて飛び起きた。電気をつけると、ちょうどヤッピーがパニックの真っ最中だ。

治まるのを待って、サブレの方を確認した。“オカメパニック”という言葉があるくらい、オカメインコはパニックを起こしやすい鳥だ。サブレはすでにパニックの後だったようで、落ち着いてはいたが、風切り羽が1本折れて出血していた。しかし、大したことはなさそうだ。

レンの様子を確認しようと、ケージ前面に立て掛けてあったダンボールをずらすと、今度はレンがパニックを起こしてしまった。ものすごい勢いでケージ内をグルグル走り回り、ケージの側面と天井を蹴りながら縦にも回り始めた。宙返りでもしているような感じで、まるでリスのようだ…。

“お願い、誰か止めてーっ”と叫びたいくらいであったが、どうする事もできない。
骨折でもして半身不随にでもなったら、どうしていいか分からない。
生きた心地がしなかった。

パニックが治まるまで随分長く感じられたが、幸いにもレンに怪我はなかった。
レンは相当に神経過敏なウサギだった。


目を覚ましたレンが、いつもと違う環境が気に入らずガタガタやっているうちに、サブレが驚いてパニックを起こし、それが文鳥たちにも伝染し、最後は騒ぎの張本人が最大級のパニックを起こしてしまったのだ。


一旦寝に戻って、朝、再びレンの様子を確認すると、大量のオシッコをしていた。もちろん、トイレの躾なんてされてないから、ところかまわずだ。オシッコの付いたペットシーツをウサギのトイレに入れてやった。



* * * * * * * * * * * * * *


夜、帰宅したとき、ついうっかりいつもと同じ調子で玄関のドアを開けてしまった。口笛交じりで“文鳥の歌”(自作)を歌いながら部屋に入って、明かりをつけるのが習慣だった。
その瞬間、「あ、やっちゃったかな」とイヤな予感がした。

案の定、レンがおびえた顔をしていた。


レンはおそろしく不機嫌であった。
初めは、レンが何をそんなに怒っているのかさっぱり分からなかった。

ケージは特売品だったけど、今までに比べれば格段に広い。鳥の鳴き声はするけど、明るくて静かな部屋だ。何がそんなに不満なのか?

「ウサギのココロは分からん、お手上げだ」と思った。

しかし、しばらくして、ふっとレンの訴えが心に響いてきた。



「今日ハ、誰モ来テクレナカッタノ。投与モ、採血モ、シテモラエナカッタノ。オ掃除ノ人モ来ナカッタノ。白イ服着タ人タチハドコ?」



「え? えー? えぇーっ!? そんな…まさか… 」


まさか、だった。
レンは実験室にいたかったのだ。実験されるのが好きだったのだ。投与も採血も嫌いじゃなかったのだ。
暴れないよう保定器に押し込められて投与や採血をされるウサギさんたちはさぞかしイヤだろうと思っていた。しかし、そうでもなかったのだ。

レンにとっては、実験される事、それが生きがいだったのだ。


レンは実験室から開放されて喜んでいるだろうと勝手に思い込んでいた。頭を一発ガツンと殴られたような、ショックを感じた。



レンが落ち着いたところでケージから出してやると、部屋中を探索し、においを付けてまわった。途中、何度かこちらに寄って来てはご挨拶をしてくれた。

ちょっとはペットらしくなってきたようだ。

    

何をしてもカワイイのです

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その後


ケージの場所については、過ちに気付いて移動させた。小鳥とウサギでは活動時間が異なっているのだ。

我が家の小鳥たちは夜型だから大丈夫だろうと思ったのが間違いだった。
ウサギは、皆が寝静まった後も時々起き出しては齧ったり引っ掻いたり、カタカタ音をさせるのだ。そんなヤツが真下にいては、小鳥たちにとっては迷惑を通り越して恐怖だったに違いない。
また、日中小鳥がピッピピッピ鳴いているのは、ウサギにとってはうるさくてかなわないといったところであっただろう。


レンは3日目にしてトイレを覚えてしまった。
ウサギは思っていたより、はるかに賢い動物だった。何でもよく理解した。


急速になついて、飼い主が行くところ、どこにでもついて歩くようになった。
ただし、隙あらば足に抱きついて腰を振り始めるから要注意だ。

「アンタじゃヤダ」と振り払っても、

「スキナノ!」とひしと抱きついてくる。


「レン!」と呼ぶと、全身で喜びを表わしながら駆け寄ってくる。ひねりのきいたジャンプと方向転換を繰り返しながら、飼い主の周りを駆け回った。

“ダッシュ&ストップ”もレンの好きな遊びだった。
後ろで物音がするので振り向くと、ウサギが宙を舞っている、そんな光景もたびたび目にした。ジャンプして遊んでいたのだ。とにかく、遊び方が過激だった。

抱っこも嫌がらなくなった。いつまでも、おとなしく抱かれている。
こちらが知らん振りしていると、自分からひざに乗ってきて“なでなで”を要求した。

兎にも角にも、可愛いの一言に尽きた。


        

左:顎の下もカワイイ         右:ご機嫌のポーズ(突然バタンと音を立てて倒れこみます)



ウサギ