漢方的発想を生かした治療学
     鼻アレルギー・花粉症


富井醫院 院長
富井明望
 免疫・アレルギー疾患の原因究明と治療は20世紀後半に目の覚める進歩を成し遂げました。数多くの疾病や生体反応の免疫学的仕組みはすでに解明されています。これらの進歩は分子生物学、遺伝子工学などの発展によって導かれたことです。一方、臨床漢方医学はまだ古典的学問の引用や現代医学の成果を用いて古典方剤を解釈する段階にとどまっています。しかし、現代生物科学や遺伝子工学の手法を用いて、和漢薬治療システムの骨組みともいえる個々の生薬及び方剤を解析し、現代の和漢医薬学を築き上げる傾向があります。また、今回のテーマである、漢方的発想から治療をを見直そうということも、この新しい傾向の一部であると理解しています。
 漢方医学における免疫・アレルギー疾患へのアプローチの着眼点は(「正気」あるいは「真気」)、つまりからだの正常な生理機能を保ち、外部・内部の異常状態・病理的変化や産物(「邪気、外邪あるいは内邪」)から守ることです。 漢方医学の最初の経典である「黄帝内経」の「素問・遺篇刺法論」には:「正気内に存すれば、邪干すべからず」と述べられていますが、これは正気が体内に充実していれば、病邪が侵入することが出来ないということです。逆に正気が衰退した場合、邪気の亢進により、生体のバランスの乱れが生じます。つまり、免疫・アレルギー疾患に関する漢方医学の治療方針は表面的な病態より、それをもたらした体質的な要因(邪気、特に内邪)の除去、改善を目指すということです。
 また、免疫・アレルギーの関係した病態は、生体の神経―免疫―内分泌の相互関係にバランスの乱れたためと考えられます。漢方医学はその調節に重点を置いて治療を行うのです。漢方医学は上記、正気VS外邪の発想から出発して、個々の疾患または症状について分析し、それぞれに適した治療法を見つけ出す。いわゆる「証」に沿った治療方法なのです。
 「証」の分析は、患者さん一人ひとりがどのような特徴を有しているという、いわゆる「オーダーメイド」的な発想です。そこで「証」の捉え方について、まとめてみましょう。

 鼻アレルギー及び花粉症は典型的なT型アレルギーで主な症状は水性鼻漏、くしゃみ、鼻閉、その他花粉症には同時に目の痒み、流涙など眼症状も合併します。主な原因物質(アレルゲン)は、早春のスギ、夏のイネ、秋のキク科植物花粉類の他、ハウスダスト、ダニ、真菌類などがあります。
 現代医学的治療の主なものとしては、薬物療法(各種抗アレルギー薬、ステロイドなど)や長期緩解療法(免疫療法、減感作療法)などがあります。
 まず、鼻アレルギーの病期分類に従い、急性期と慢性期とに区別します。漢方医学では各期間における患者さんの身体状況、つまり「証」に従って投薬を変更します。
 急性期の鼻アレルギー(いわゆる表証)に対して、漢方医学のアプローチは、まず、主に麻黄剤を投与します。急性期に対して、慢性期(裏証)は柴胡剤を主としますが、単純にこの2種類の方剤を経過に従って投与していくのではなく、まず、症状によってそれぞれの選択枝の中から選びます。
 つまり、初めに鼻汁の状態によって、病状を熱性または寒性に区別し、薬剤を選択します。寒性は蒼白な鼻粘膜及び水性な鼻汁が特徴です。これに対して、熱性というのは鼻粘膜の発赤とねばねばした膿汁様鼻汁となります。
 急性期に寒性の場合は、麻黄附子細辛湯、小青竜湯、麻黄湯、葛根湯などを投与します。熱性の場合は主に麻黄湯、葛根湯を投与します。鼻汁がやや粘液性で、鼻閉感、咽頭痛、頭痛、関節痛、咳嗽などの症状の場合は麻黄湯、越婢加朮湯、荊芥連翹湯を選択します。もしこれらの症状の中に咳嗽などがなく、肩こりが伴っている場合は、葛根湯あるいは葛根湯加川辛夷を選択する。また、鼻汁がやや水様性であり、くしゃみ、流涙などのみの場合は小青竜湯を主法としますが、悪寒や倦怠感がある場合は麻黄附子細辛湯に変更します。
急性期の鼻アレルギーに対して現代医学は抗アレルギー薬の経口、及び局所散布、副腎皮質ホルモン薬の経口、静脈内あるいは局所散布などが選択されます。さらに鼻粘膜の損傷により併発されやすい鼻腔や上気道、さらに気道の感染症状については、適切に抗生剤も投与します。

 以上述べたように現代医学に於ける急性期の鼻アレルギーの治療が多彩であることに対して、慢性期の治療はほとんど急性期治療の重複及び投薬種類の変更などに限られています。一方、漢方医学の慢性期治療では、寒性の場合は苓甘姜味辛夏仁湯や柴胡桂枝乾姜湯を使いますが、熱性の場合は黄連解毒湯、荊芥連翹湯、辛夷清肺湯、防風通聖散などが主な処方になります。各々の患者さんの「証」に併せて、上記の各方剤を使い分けます。体格的に実証であり、腹部膨満感や便秘があるものは防風通聖散を主法とします。鼻出血や顔面紅潮でいらいら感が強い場合は「血お、気滞」であるため、黄連解毒湯合十味敗毒湯や小柴胡湯加石膏を選択します。体力が中間で、鼻閉のほか膿汁性の鼻汁、鼻腔内や口内の乾燥なども認める患者さんは「燥熱証、陰虚証」として辛夷清肺湯を選択します。体力の虚証で、やや膿汁性の鼻汁で、悪寒、不眠、食欲不振、軟便、全身倦怠感、冷え症などを認める場合は、「気虚、陽虚」であるため、柴胡桂枝乾姜湯のほか、補中益気湯、真武湯などを、また、喘鳴が強く、嘔気、めまいなどを自覚するものは「水滞症」であるため、主に苓甘姜味辛夏仁湯、さらに柴苓湯をそれぞれ選択します。さらに、腰や下肢の脱力感や精力減退、冷え症などを認めた場合、八味地黄丸、清心蓮子飲なども加えます。現代医学では対症療法のほか、花粉症のみならず、アレルギー性鼻炎など通年性症状にも原因アレルゲンを用いて、皮下注射を行うことにより、アレルギー感作の状態を軽減する治療も行われています。 また、T型アレルギー反応の作用過程をブロックするためにヒスタミン感作ヒト免疫グロブリンを定期的に投与する治療も行われています。