月一回くらいは、気まぐれに、日々のできごとなどを書いてみようかと思うけれど、
 しかし、誰かに見られてしまうという気持ちから、ここに書く文章には脚色や誇張が入りそうでこわい。
 そうならないようにと気をつけたいが、自分自身の心を素直な気持ちで見つめることが苦手なのは、もっと問題である。
 その点ご承知おきのうえ、ご覧くださるようお願いいたします。      

  2011年8月

 

      2026年  
 
6月3日
Rose
     

 何年か前の薔薇の写真です。ちょうど6月の初旬のもの。

 何だかあっという間に6月になってしまった。ここに書いているエッセーも、5月分を書かぬままになっていた。今日は台風のために店を臨時休業してそれに気づきました。すみませんでした。

 特に仕事が忙しかったわけではありません。だから、ただ忘れていたのか。それとも、文章にしたいという感性とか気力とかが薄れてしまったのか。それは年齢のせいか。などと考える。加齢は人にとってマイナスか。

 しかし、ちょっと待て。マイナスばかりではない。5月の終わりに年を取ったことを喜んだ日があった。

 あれは結構ハードな1万歩の散歩コースでの出来事だった。このコースを歩くときには、休憩する場所がほぼ決まっている。登り坂の途中にあるバス停。ベンチがあるからだ。

 そのベンチに座り、いつものように、家でお茶を入れた水筒を開けて水分補給をしていると、同年代くらいの男性が隣に座ってきた。どちらからともなく、バスの到着時刻について話し始めた。そのうちに、バスの話から運転免許の返納の話、若者の犯罪の話、酒の話と話題が広がっていった。

 20分ほど話した後、私はバスには乗らないので失礼して停留所を後にした。それから一人歩きながら考えた。高校生の頃、大学生の頃、まだ若かった頃、バス停で見知らぬ人と会話を交わすことはできなかっただろう。中年になっても、そんな風に人と話すのはちょっと難しかったかもしれない。

 それで考えた。あんな風に話ができたのは、年取ったからではないかって。警戒心とか緊張とかが緩くなったのではないかって。それは悪いことではないと思った。どちらかといえば、自分のような人間にとっては喜ばしいことだろうと。家に帰って思いました。

 しかし、詐欺には気をつけようと思う。