合気道の歴史
◎植芝盛平
 合気道の創始者植芝盛平翁は田辺市元町に生まれ、幼い頃から武道にはげみ、19歳で修行の旅に出て各流の武術遍歴を重ねつつ独自の武術を習得しました。
 また、青年のころ、田辺在住の南方熊楠の「神社合祀反対運動」に共鳴をしたり、北海道の開拓においては、紀州団体の長として入植するなど多方面で活躍をしております。
 1922年(大正11)に独自の武術を『合気道』と名付け、国内はもとより世界中にその名を広めました。
 86年の生涯において、たゆまぬ求道鍛錬の結果得たものは、「天地人和合の道」。体を鍛え、技を磨くことによって気と心を鍛え、平和と愛の力、すなわち真の和を求めようとする合気の精神でありました。翁はつねづね「合気とは敵と戦い敵をやぶる術ではない。世界を和合させ、人類を一家たらしめる道である」といい、そもそも合気道は、相手と相和して切磋琢磨をはかり自己の人格完成を目指す武道だと述べています。