※このお話はオフ本「PrincessBride」の設定のお話です。
主な設定として学パロ&アスカガ許婚&学生結婚です。













プリブラ雑記−Birthday編−




















キュッとカレンダーに赤い丸をつけて、カガリはにっこりと微笑んだ。
気分も、心も軽くて頬が緩む。

ちょうど一年前のこの日。
彼女は夢のように幸せな気持ちを彼から貰った。
だから今度は自分の番。
とびっきりのサプライズを、彼の為に準備したい。




「カガリ?どうかしたの?」

メレンゲを粟立てる手元を止めてぼんやりと虚空を見つめている娘にレノアは首を傾げた。
疲れているのかと問えば、そうではないと答えるし、悩み事でもあるのかと問えば、真っ赤になって首を振る。
いつもハツラツとした元気を保つ彼女にしては、ぼうっとするのは珍しいことだ。
何かがあったとしか思えない。

「私には相談できないことなのかしら…?」
アスランそっくりの緑色の瞳で、レノアはカガリを覗き込んだ。
心配そうに瞬く瞳に、既視感を覚えてカガリの心臓がざわめく。
レノアがアスランに似ているのではない。
アスランがレノアに似ているのだ。
だがカガリにはどちらでも同じだった。
最愛の夫と同じ瞳に問い詰められて、彼女は苦しそうに言葉を詰まらせる。
レノアが自分の為に心配してくれていると気づくからこそ、隠し事をすることにカガリの胸は痛んだ。
「実は…」



「あらあらあら、まあ…」
アスランの誕生日プレゼントに悩んでいる。
そう端的に伝えると、レノアは目を丸めて驚いた表情を作った。

「そういえば、もうすぐだったわね…」
当日はザラ本宅で盛大なパーティーが開かれることになっている。
それはアスランが生まれた時から例年行われてきたことで、
各界の著名人が大勢集まるこのパーティーは、ザラ家の格式の高さを雄弁に物語るとても華やかなパーティーだった。
マスコミ関係は殆どオフリミットされているにも関わらず、あまりに豪華な招待客に門の前にはテレビカメラが何台も集まり、
有名人を一目見たいと一般人たちも集まってくるから、毎年屋敷の周辺は騒然となるのだ。

「アスランは幸せものね。こんな可愛いお嫁さんを貰ってもまだプレゼントを貰えるんだから」
くすくすっと茶化すようにレノアに笑われ、カガリは仄かに頬を染めて俯いた。
「貴方が側にいてくれれば、あの子は他に欲しいものなんて何も無いと思うわよ」
確信を持ってレノアは言う。
なんでも欲しいものは手に入るからこそ、余計に物欲が足りなかったのかもしれない。
そんな息子が唯一人並みの執着心を見せるのが、隣にいるカガリだった。
突然彼女を婚約者として紹介することになった時。
外見の可愛らしさはもちろんのこと、幼い頃からの素直さと優しさを忘れずに育ったカガリを息子は絶対に気に入るだろうと予想していたが、
実際アスランが持ったカガリへの執心ぶりはレノアやパトリックのの想像以上だった。
まさか学生のうちから入籍してしまうほど束縛したがるとは…自分の息子は随分と独占欲が強いらしい。

「アスランって欲しいものは大概手に入るからな…私が用意できるものなんてたかが知れているし…」
「あら、そんなことないわ。プレゼントに必要なのは心よ」

年頃の女の子らしい悩みを抱える娘との相談。
男の子しか居なかった家庭環境では到底成し得なかったレノアの夢が、ここに実現している。
軽い感動に酔いながら、彼女はウキウキと胸に手を当ててカガリを微笑んだ。
「カガリがアスランを想うってことが、大事なんでしょう?」
大切なことを諭されて、カガリは目を見張って頷いた。
「だったら、カガリにしか出来ない特別なことをプレゼントすれは良いのよ」
「私にしか出来ないこと…?」
「ええ、貴方がして、アスランが喜んだことって…たくさんあるでしょう?」




ピンポーンと玄関のチャイムが鳴り、指紋照合でロックが外れる音がする。
「おかえり、アスラン」
「ただいま」
エプロン姿のまま玄関に出てきたカガリの唇に口付けをして、アスランは襟元を締めていたネクタイを軽く緩めた。

「母上が来ていたのか?」
「ああ、もう戻ってしまわれたけど一緒にパンプキンケーキを焼いたんだ」
居間から漂ってくる胸焼けするような甘い香りに僅かにアスランが顔を顰めと、カガリは小さく笑みを浮かべて付け足す。
「大丈夫だ、ちゃんとアスラン用に甘さ控えめのも作ってあるからな」
「…そうか…」
「夕食の後に食べようなっ」
得意満面なカガリの誘いを断れるはずもなく、アスランは苦笑を零して頷いた。
甘いものは苦手だが、彼女が作ったものは別である。



(私にしか出来ないこと。)
レノアが残していった謎掛けに、カガリは真剣な表情で考えていた。
(私がして、アスランが喜んだこと。)
うーんと頭を傾けて反芻し、カガリはボッと顔を赤らめた。
悦んだことは確かにあった。昨夜の秘めごとで。
(うわあああっ、駄目、喜び違いっ、そんなの却下だ却下っ)
わたわたと平常心を失ったカガリは、羞恥に悶えて頭を抱える。



「どうかしたのか?」
食器洗い機から出した皿を戸棚に戻しながら百面相を繰り返す愛妻を、アスランは不審そうに見つめていた。
「な、な、な、なんでもないっ」
「具合が悪いならもう休めば…」
「全然元気だぞっ」
がちゃがちゃと、少し乱暴に食器を戸棚にしまい終えてカガリはわざとらしく明るく笑った。
嘘ではない。
隠し事が苦手なだけで、体調は完璧だ。
「本当に?」
ぐいっと腕を引かれたカガリはよろめき、簡単にアスランの胸の中に収められてしまう。
「あ、アスランっ?」
動揺しているカガリの額に、大きな掌が触れた。
少しひんやりした感触に、カガリはぴくりと体を震わせる。
「…熱は無いみたいだけど…」
「だから元気だって。ちょっと考え事していたんだ」
納得しかねる顔のアスランに、カガリは必至で言い訳を探した。
「その、あの…課題、そう。課題がちょっと多くて」
「課題?」
同じ大学に進学した2人だったが、アスランは理工学部、カガリは文学部と在籍する学部が違う。
当然取る授業も別々だ。
本当は課題なんて1つも無いけれども、詮索されない限り簡単にバレることはないだろう。
嘘を吐くことに良心は咎めるが、彼へのプレゼントについて悩んでいるのに、本人に知られては洒落にならない。
タカを括ってカガリは言葉を連ねる。
アスランは眉を顰めて不審そうな顔をしたが、これ以上ボロが出ないようにカガリも必至だった。
「だから、ちょっと嫌だなって思っていただけだ、全然元気だぞっ」
明らかに隠し事しています。と態度でわかるカガリの反応に、アスランは溜息を吐いた。
「わからないことがあったら聞くんだぞ…」
「ありがとう」
安堵を浮かべるカガリに、アスランは内心複雑だった。
カガリが何かを隠しているのは一目瞭然だ。
本当は、追究したい。
隠し事をされるのは気分の良いものではないし、逆に困っているのならば助けになってあげたい。
しかし無理に問い詰めて手助けをするのをカガリは喜ばないだろう。
なんでもアスランを頼ろうとするのではなく、彼女は常にアスランと対等の位置に立ってアスランを支えたいと思ってくれている。
自分の力で頑張ろうとする姿は、とても健気で愛しい。
勢いがつき過ぎて、たまに失敗することはあるけれども…
基本的にカガリはアスランを困らせるようなことはしないし、時期が来ればちゃんと包み隠さずに話をしてくれる。
今までがそうだったから、今度も必ずそうだろうとアスランは根拠無くも、そう信じていた。
カガリの意思を、尊重したい。
だから、彼女が秘密にしたいというのならば、暫く気づかぬフリをしても良いだろうとアスランは結論付けた。
いったい今回はどんなことを内緒にしているのだろう。
秘密を持った愛妻にもどかしさを覚えつつ…くしゃりとカガリの頭を撫でて、アスランは観念したように目を伏せた。



だが、そんなアスランの意向も、疲労痕激しいカガリの様子によって1週間後には大きく変わってくるのである。



「なんだか今夜のカガリは心ここにあらず、って感じだな」
「そうかな…」
食事中にぼうっと箸を止めたり、醤油と言ってソースを刺身にかけたり、お湯が沸いたと言って入れた入浴剤が洗剤だったり…
およそ彼女らしくない失敗の連続に、さすがにアスランも不安になっていた。

「ごめん、家事と学校の両立で疲れているんだな」
「あ、いや、違うんだ」
ここのところ朝早くからパトリックの代理で家を空けることが多かったアスランは、カガリが日中どんな生活をしているのかまったく皆無だった。
カガリの疲労の原因が、先日来彼女がひた隠しにしているものと一致していることはわかるが、アスランにはそれがなんなのかまだ分かっていない。
彼女が語ろうとしない以上、それ以上は踏み込めない。
結局、自分はその部分には触れずに彼女を労わることしか出来ない。

「疲れているんだったら、家事は本宅からメイドを呼べば…」
「それは嫌だっ」
アスランの提案に、それまで虚ろな眼差しだったカガリ語気が急に険しいものとなった。

「だってこの家は私とアスランの家なんだっ、他の女の人は例えお手伝いでも…」
「他の女の人って…」
うっかり滑らせてしまった口を、カガリは大慌てで塞いだ。
顔に浮かんだ焦りを、アスランは唖然と見つめて彼女の言葉の意味を理解しようとする。

ザラ家の広大な敷地内に建てられた2人の新居には、いまだレノアとパトリックとカガリの父ウズミしか訪れたことが無かった。
アスランに他意があったわけではない。
知人が訪れれば本宅の応接を使うし、わざわざ狭い別宅に客を呼ぶ必要も無かったからだ。
もっとも、狭いと言ってもそれは本宅に比べてだ。
2人きりで住まうにしては大きな造りの家なので、アスランを始め誰もが家の中の仕事はメイドに任せるべきだと思っていた。
掃除も料理も洗濯も、カガリは一通りなんでもこなせるように教育を受けていたらしいが、学業との両立には無理がある。
新婚当初、アスランはカガリを気づかってそれを提案したのだが…意外なことにカガリはその意見に頑として首を縦に振らなかった。

不思議には思ったのだ。
問いかけてもカガリは自分で出来るから、と答えるだけでそれ以上を語ろうとしなかった。

咄嗟に漏れた言葉の端に、新妻が持った嫉妬の色が滲み出ている。

新居に他の女の影を残したくないから―――…

アスランには教えていなかったが、カガリが頷かない理由はそこにあった。
自分以外の誰かがこの家に上がるのを、彼女はどうしても快く思えなかった。
例えそれが仕事でも…日常のアスランの全てを感じる家の中は、カガリが護るべきテリトリーな気がしてならなかった。
彼女にとって新居は、他人に侵されたくない大事な空間だったからだ。

赤い顔をして俯いてしまったカガリを、アスランは愛しむ眼差しで見つめた。
胸の奥から湧き上がってくる暖かい感情は、彼女以外に感じたことが無い。
自分だけを愛して欲しい―――…小さな体で熱く激しく訴えてくる体当たりの愛に、自然と口元が微笑む。

可愛くて、大事にしたくて、幸せにしてあげたくて。
昨日よりも今日、今日よりも明日、たくさんの想いが膨らんで溢れてくる。
これから先、未来永劫…自分はカガリ以外を見ることは出来ないだろう。
幸福に包まれた穏やかな表情で、アスランはカガリを抱きしめた。

「今日は早く休もうか」
「っ…」
甘く耳元で囁かれ、カガリの体が緊張で強張る。
単純に早くに就寝するという意味なのか、それともちょっと早いけれど……寝室に行こうという誘い文句なのか。
意味を図りかねたカガリの心臓は、後者に期待を寄せてどきどきと高鳴らせた。

ここ数日、とある事情があってカガリはアスランが就寝した後も書斎にこもっていることが多かった。
「一緒に起きている」とアスランは主張したが、連日パトリックの名代として重役会議に出席する彼に睡眠不足で出勤して欲しくはない。
おやすみのキスだけして、カガリは渋るアスランの背を何度も寝室に押し込めた。
だが…眠る彼の腕の中に後からこっそり滑り込むのではなく、たまには彼の熱をじかに欲しいと思う。
愛して愛される感動は、体の調子さえ整ってくれれば毎晩だって感じていたいのだ。

それなのに―――…

「カガリも疲れているみたいだし」
「ええっっ?」
前者を示唆するアスランの台詞に、肩透かしを食らった顔でカガリは顔を上げた。
明らかに、がっくり落ち込んだ表情を、茶目っ気を含んだ翡翠色の瞳が面白そうに見つめている。
からかわれたのだ。
自分があげた残念そうな声音にカガリは真っ赤になって俯いた。


「疲れているんだろう?」
覗き込んでくるアスランは、くすくすと笑みを浮かべている。
羞恥心を煽られてカガリの体が熱く火照る。
(意地悪、意地悪、意地悪、意地悪っっ)
頬は真っ赤なままで、苦虫を噛み潰したような顔をしたカガリは恨めしそうにアスランを睨みつけた。
「それともカガリは―――…したかった?」
飄々とした顔で尋ねるアスランは、微笑を絶やさない。
艶を帯びた翡翠の瞳に見つめられてカガリは言葉を失った。

沈黙したまま俯く。
強気に引き結んだカガリの唇は、本音を決して言わなかった。
負けっぱなしでは悔しくて、彼女は強情に口をつぐむ。
そして何も言わない変わりに―――…カガリはアスランの首にぎゅっと抱きついて、決して離れようとしなかった。

反応がいちいち可愛くて、面白い。
腕の中で意地を張り続ける柔らかく甘い存在に、アスランは小さく笑った。

「優しくするよ」



生まれたままの姿となって素肌で触れ合う温もり。
ふわふわと、ゆりかごみたいな心地好さに身を任せてカガリは甘く息を吐いた。

白く柔らかな乳房には、薄くなった赤い痕がいくつも点在していた。
軌道を辿るように同じ箇所に吸いつくと、そこには新しい真紅の花が色づく。
それを満足そうに見下ろし、ぴんと張り詰めた頂へ唇を寄せると、アスランは舌先で転がすようにそれを丹念に舐めあげた。
「ふ…っっ…ん…」
もたらされる刺激に声が出る。
追い討ちをかけるようにきつく音を立てて吸い上げられるたび、カガリの背筋は電流が走ったかのように逸れた。
得体の知れない大きな波に飲まれてしまいそうな感覚は、怖くて切ない。
一方で、体の奥に燻る【好き】が、アスランを求めてやまない。

下肢へ伸ばされ、秘所へ触れた指先にカガリはピクリと肩を震わせた。

ゆっくりと抜き差しをされ内壁を擦られる刺激に、背は弓のようにしなり中の襞は蠕動を繰り返す。
花芯から滴り落ちる蜜を絡めとり、濡れた指がくちゅりと卑猥な音を立てて静寂な世界をかき消した。

「…ん…はぁ」
「今日は一段と濡れてるな」
感心したような呟きに、かあっとカガリは顔を赤らめる。

「もしかして欲求不満だった?」
「ち、違うっ」
「そう?カガリの体は俺のこと欲しいって凄く言ってるみたいだけど?」
「ひぁっ、あっ」
「ほら」
しとどに溢れる蜜を掬って、アスランはぷくりと膨らんだ芽に擦りつけた。
そのまま親指の腹で左右に押し潰すように弄ばれたカガリは、たまらなくなって身をよじらせる。
「ぃ、ああっ、アス、ラ…」

花弁のまわりをなぞる指は、非常にゆっくりしていてもどかしく。
愛液を頼りに指先が滑らかに動けば、呼応するかのように蜜は更に溢れてアスランを誘う。

反応を伺うようなわざとらしい攻めに焦れたカガリは、涙を浮かべてアスランを見上げた。

「もう、いい加減にっ…」
「欲しい?」
求める悦を素直に認めようとしない愛妻に、にやりと笑ってアスランは尋ねる。
欲望を見透かされたからかい混じりなその台詞に、カガリはかあっと頬を赤らめた。
羞恥心に心臓はうるさいぐらいに早鐘を打っている。
どうあっても、口に出して言わせるつもりだ。
囁かれた問いかけに答えるのは、非常に恥ずかしい。
だが、快楽を求めて熱を高める体の方がカガリの口を素直に動かした。

「ほしい―――…」

揺らいだ瞳が、アスランを魅了した。



「っ…はぁ、んっ…」

張り詰めたように猛ったそれを、濡れた蜜壷は容易く飲み込んでいく。
堪えきれずに漏れた艶声は甘く、アスランの脳髄を麻痺させた。
どちらともなく押し寄せるのは、快楽。

熱い部分が刺激され、カガリは無意識にそれを締め付ける。
狭まる内壁と蕩けるような熱さに、アスランは更に腰の動きを早める。
幾度も激しく突き上げてる激情に、カガリの意識は痺れるような快感の波に襲われていった。



なんだかんだと慌ただしく日は過ぎていき、誕生日パーティーは翌日へと迫っていた。
主賓であり接待主の1人ともなるアスランが本宅のサンルームで招待客のリスト確認を行なっていると、外出から戻ったばかりのレノアがひょっこりと顔を覗かせた。

「カガリだったら離れで学校の課題をやっていますよ」
1人しかいないサンルームをきょろきょろと見渡すレノアに気づいて、聞かれる前にアスランは早々に答えておいた。
母の関心は息子の自分よりも、圧倒的に嫁の方に傾いている。
それが悪いというわけではないのだが、レノアの度を越えたカガリ贔屓は、婚約時代に散々邪魔されたアスランにとってトラウマとなり根付いている。
警戒心も自然と沸いてしまうものだ。
「彼女に何か用事でも?」
「そういうわけじゃないの。ただ、少し前にとても悩んでいるようだったからどうしたかしらって思って…」
神妙な顔で頬に手を当てるレノアに、アスランは怪訝そうに眉を顰めた。
ここ数日で妻から悩み相談をされた記憶は一切ない。
なぜ母がそんなことを言ってくるのか、引っかかるものを感じて首を傾げる。

「悩んでいた?」
「ええ、どうも男の人のことで悩んでいるみたいだったから…貴方は何も聞いてないの?」
しかめつらしく言うレノアにアスランは頷いた。
「…男?」
反復しながらアスランは、胸の奥がすうっと冷たくなって薄ら寒い気分になった。

カガリの身の回りで、彼女が悩むような事態が発生したとは耳にしていない。
少なくともアスランは、カガリ自身の口からそんな内容は一切聞いていなかった。

「…どういう意味です」

剣呑に目を細め、アスランはレノアに質問した。
聞き捨てにならない台詞だった。
カガリは自分の妻だ。
レノアの口ぶりを聞く限りでは、まるでその妻が他の男のことで悩んでいるかのように聞こえてしまう。
そんなはず、あるわけがない。
馬鹿馬鹿しいと失笑してしまえば良いだろうに。
一度生まれた不信感は勢いを増して募り、悔しさと、苛立ちが怒涛の勢いでアスランの胸中に渦巻く。

「母上っ」
「夫婦の問題なんですから、自分の耳で聞いてきなさい」

言われてアスランは目を見張った。
この母は、カガリが娘になったことを誰よりも喜んでいたのに…なぜ今更そんな突き放すような言い方をするのだろう。
だが、レノアのこの意外な行動が、アスランに余計な警戒感を与えた。

非常に不愉快な感情が胃の辺りから込み上げてくる。
眉を吊り上げ、アスランはぎりっと奥歯を噛み締めた。
嫉妬深い愚息を一瞥したレノアが、そっと嘆息をして苦笑を唇に乗せたことも知らずに。




家の中はシンと静まりかえっていた。
居間にもキッチンにも庭にもカガリの姿は無く、綺麗に整頓された空間だけが広がっている。
今日彼女は講義が無い。
特別に出かける予定も聞いていなかったし、家の中に居ることは間違いないから2階に居るのだろうとアスランは階段を上った。
ゲストルームや書斎が無人なことを確認しながら、アスランはふと気づいた。
考えてみれば、こんな日中に家に居るのは久しぶりだった。
大学の傍ら、パトリックの事業を手伝い始めているアスランはとても多忙だった。
そのために、カガリが日中どんな生活をしているのか彼は知らない。

家に帰れば温かい食事とくつろげる空間が用意してあって、カガリは優しく出迎えてくれる。
自分のために甲斐甲斐しく時間を割いてくれるその愛情に偽りがあるとは思えない。
先日見せたかわいらしい嫉妬を考えても、カガリが自分一筋なのは疑いようもなく、その愛情の深さが一際なのも解っている。
だが、それとは別問題でアスランの心は晴れなかった。
どんな理由があっても、妻の心に自分以外の男の存在があるというのは彼にとって面白くない出来事だった。

最後に訪れた寝室の扉の前で、アスランは扉を開けるべきかどうするか暫く躊躇していた。
この奥に、おそらくカガリは居るだろう。
それと一緒に、扉を開けば先日来より彼女がひた隠しにしている謎も解明されるかもしれない。

アスランのわだかまりはそこで解消されるかもしれないが、本当にそれで良いのか。
彼女の意思を尊重しようと決めたのに、暴き立てるようなことをしても良いものか…アスランは初めて戸惑いを覚えて立ちつくした。

ドアノブにかける手を空で止めたままアスランが固まっていると、逆に内側から静かに扉が開かれた。
鼻歌交じりで部屋から出てきたカガリは、目の前に立った男の存在にギクリと表情を強張らせる。

「ア、アスランっ。なんでこんなに早くっ」

ぎょっと目を瞬かせたカガリは、後ろ手で慌てて寝室の扉を閉めた。
尋常ではない妻の様子に、忘れていた不信感が再び沸きあがる。

「ちょっと用事があってな…中に入りたいんだが」
「だ、駄目だっ」
焦りを全面に滲み出したカガリにアスランは訝しむ顔をした。
何かを隠している。
それも、この扉の向こうにだ。
直感で彼はそれを感じた。

「まだ…掃除してないし…」
「別に、夫婦なんだから関係ないだろう」
胡乱そうに見つめられ、カガリは答えに窮した。
ようやっと浮かべた苦しい言い訳も、アスランは簡単に跳ね除けてしまう。
いま部屋に入られるのは、困る。非常に困る。
硬直するカガリの顔は真っ青になり、背中に冷たいものがつっと流れた。

一方で、一向に真相を口にしないカガリにアスランもいい加減痺れを切らせていた。
彼女の意思を尊重しようと思ったばかりだったが、激情が彼の頭からそれを消し去る。
「あ、アスランっ」
扉の前に立ちふさがるカガリを強引に押しのけると、制止を振り切って、アスランは寝室の扉を開けた。


クイーンサイズのベッドの上に、エンジ色のセーターが広げられているのが目に止まった。
サイズから見てもカガリの物ではないことは一目瞭然だった。
男物のセーターは、パトリックやウズミが着るには若すぎるデザインをしている。
自分の記憶力に自負があるからこそ、アスランには訝しむ顔をした。
目にしたセーターは、彼の記憶には無いものだった。
つまりそれは―――…彼のものでは無いことを、意味している。
では、誰の物?
そう自問して、アスランは顔色を変えた。
到底信じ難いことだ。
だが、カガリの挙動不審な行動とレノアの意味深な台詞も、自分の想像通りならばつじつまが合ってしまう。
どくんと、鼓動が響く。

怒りに震える手がカガリの腕を握りしめ、その容赦ない力にカガリは痛そうに顔を顰めた。

「ここに…俺以外の男が入ったのか?」

冷淡な声にカガリははっと顔を上げた。
自分を見下ろす冷ややかな視線に、カガリの双眸が驚愕で見開かれる。
腕に食い込む痛み以上の破壊力で、アスランが発した言葉はカガリの胸を鋭い刃となって貫いた。

自分の耳が信じられなかった。

彼は今、なんて言った―――…?



パンっと肌を叩く音が、乾いた空気の中に鳴った。

アスランは茫然としていた。
瞳をきつくしたカガリは、口をヘの字に曲げて必至に涙を堪えようとしていた。
だが、虚勢は張り切ることが出来ず、顔を上げた拍子に雫がぼろぼろと瞳から零れ落ちていく。

泣きたいのは、誰なのだろう。
―――…感情的に彼女を糾弾してしまったアスランは思った。
哀しかったのも、悔しかったのも、腹立だしかったのも、自分の感情だったはずなのに、カガリの涙の前にそれらは全てどこかに吹き飛んでしまう。
冷静さを取り戻した思考は、先ほどまでの自分とはまるで別人で、頬に残るジンとした痛みだけが、これが現実なのだと彼に理解させた。

「…バカっ」

激昂し叫んだカガリは、アスランの手を振り解くと部屋を飛び出した。
ばたばたばたっと階段を駆け下りて、玄関を飛び出していく音が響いていく。
追いかけることも出来ず、一瞬の逡巡の後アスランは行き場の無い憤りを壁にぶつけた。
「くそっ」

彼女が本当に浮気をしたなんて思っているわけがない。
それなのに、頭で理解していても一人歩きした感情が結果としてカガリを傷つけてしまった。
最悪だ。
あの笑顔を曇らせたくなくて、あの綺麗な瞳から涙が零れる様を見たくなくて、一生大事にしようと心に決めていたのに。
不甲斐ない自分が、彼女を泣かせた。
胸の痛みも、苦しみも、きっと自分以上に彼女は感じている。
そしてその事実が、アスランの心に大きな翳を落とした。
自分は何をやってるんだろう…

ついと顔を上げた先に、エンジ色のセーターが目に入った。
元を辿れば原因に当たるそれを、アスランは忌々しい物を扱うように半眼で見つめ…そして彼は、気づいた。

一見既製品のように丁寧に編みこまれたセーターに、それと一目でわかるタグがどこにも見当たらないことに…

近づき、手に取ってみると疑問は驚きに変わっていく。
「…手作り…?」
呟いてからアスランは困惑気味の目をしばたたかせた。

始めてみる、エンジ色のセーター。
若い男物のデザインのそれは手作りで、おそらく状況から判断してカガリが用意したものと見て間違いないだろう。
では、それは。

それは、誰のために―――…?



転げ落ちる勢いで階段を駆け下りて玄関を開けた先に、カガリは居た。
玄関脇にしゃがみこみ、顔を隠すようにして俯いている。

「カガリ…」

側に留まっていてくれたことに安堵しながら、申し訳なさと後悔と情けなさが胸に去来して彼はくしゃりと顔を歪めた。

「…アスランのばか」
「ごめん」
弁解のしようもない。それ以外に彼が返せる言葉は無かった。
つまらない嫉妬をして彼女を泣かせたのは、他でもなく自分だ。
深く項垂れて彼は謝罪の言葉を口にする。

「その、ごめん…俺」
「…私はすごく傷ついた」
「ごめん…」
俯いたまま淡々と話すカガリの肩が小刻みに震えていた。
―――…誰が、彼女を泣かした?
嫉妬に狂った判断が、彼女の心に大きな痛みを与えてしまった。
湧き上がる後悔に顔を歪ませる。
声を殺して泣く姿が見るに耐えられなくてアスランは覗き込むようにして背を屈めた。
これ以上、彼女が悲しむ様を見ていたくない。
それが自分の我侭だとわかっていながらも。
カガリにこれ以上涙を流して欲しくなかった。

小さく縮こまる体を恐る恐る抱きしめてもカガリは抵抗しなかった。
力なくアスランに凭れ掛かり肩口に顔を押し付けると、我慢の堰がきれたのか涙をぼろぼろと零して泣きじゃくる。

傷つけられたのは、恋心。
アスランを大事に想っているからこそ、疑われて冷たい瞳を向けられた時には心臓が凍えるような錯覚を覚えた。
生きることを放棄してしまいたくなるほど哀しくて、呼吸できなくなるぐらい苦しかった。

彼はそれだけ、カガリにとって大きな存在だった。

「…私の家は…ここなんだからな」
「ああ」
ぽつりと、嗚咽交じりに呟いたカガリにアスランは目を瞬かせた。

「アスランの家も…ここなんだからな」
「そうだな」
首にカガリの腕がまわされ、力強くしがみつかれる。
泣いても、傷つけられても、この家以外にカガリが帰る場所は考えられない。
アスランが居る【ここ】が、カガリにとっての居場所だった。

「アスランのばか…」
「ああ、馬鹿だ。」
もう一度「ばか」と繰り返すカガリに自ら賛同すると、アスランは目を伏せた
彼女の心が、まだ自分に寄り添ってくれていることに深い安堵を覚えながら。



【*LIGHT】のスズカ様よりいただきましたvv
「何かラブイチャでリク受け付けますよ〜」といわれて「では嫉妬アスランなど・・・」と図々しくもリク(苦笑)
いつもお世話になっております。ワガママばかりですみませんです〜〜(><)


2005.11.6  きょん