カーテンの隙間から差し込む朝日に、アスランは瞼を震わせた。 夢うつつの状態で、ベッドの上に指を彷徨わせる。シーツの上、ぬくもりは残っているが、探し物は、いっこうに見つからない。 いない……。 ムクリと起き上がると、嗅覚が食欲を刺激する香りをとらえた。パンが焼ける芳ばしい匂い。のそのそと寝室のドアを開くと、キッチンでは、エプロン姿のカガリが皿に朝食を盛りつけているところだった。 「おはよう、アスラン」 俺の姿に気づくと、カガリは蕩けるような笑顔を浮かべた。 「もう少しで出来上がるから、待っててくれ」 結婚式を挙げて、一ヶ月足らず。 俺たちは新婚生活真っ只中だ。 新居は、オーブ都心まで車で一時間の閑静な土地にある。床面積 約150平方メートル。ベッドルームが二つに、リビング、デン(書斎や趣味を楽しむための部屋)、バスルーム、パティオ(中庭)が二つもある、夫婦二人だけが生活するには広すぎる、二階建てだ。 本当は、二人とも、もっと、こじんまりとした住宅にしたかったのだが、アスハ家の若夫婦の家屋が粗末なものでは外聞が悪いという、オーブの家臣たちに押し切られ、こういう仕儀となった。 これでも、当初すすめられた物件と、俺たちが希望した住宅の中間案で折り合った結果だ。召使も置いた方がと言われたが、それは、あくまで丁重に断った。 やっとのことで手に入れた新妻との生活を邪魔されたくはない。 トゥルルルル……。 携帯電話が鳴った。 「はい……はい、そうですか……わかりました―――」 電話を切った後、思わず、ため息が漏れてしまう。 「アスラン、朝ご飯できたぞ〜〜」 キッチンから、カガリのお呼びがかかる。 「今、行く〜〜」 今朝のメニューは、トーストに、コーンフレークス。大きなお皿には、ベークドビーンズ(大豆のトマトソース煮)、ソーセージ、目玉焼き、ベーコン、焼きトマトが盛られている。ティーポットには、冷めないように、ティーコジーがかけられていた。 カガリは、毎朝の朝食を、彼女が慣れ親しんだライスを主としたものと、アスランが親しんだパンを主としたものを、交互に作ってくれる。小さい頃から、父 ウズミ氏の食事を作っていたということで、彼女は、なかなかの料理上手だ。 彼女の愛情たっぷりの、美味しそうな料理が並んでいるというのに、今の俺は、気が滅入ってしまっていた。 その理由は、非常に情けないことだが、ただ一つ。 仕事に行きたくない……。 頭を抱えそうになって、ふと、台所の壁にかけられた30センチ四方の額縁に目がいった。それは、ラクスからの結婚祝いで、額の中に、赤い大きなパズル・ピースが一つ貼り付けてある。 「毎年一つずつ、ピースをプレゼントしますね。何の絵になるかは、できてからの、お楽しみですわ」 どうやら、毎年の結婚記念日に残りのピースを一つずつくれる気らしい。 昔からだが、謎かけが好きな人だ。ピースの数は、あと四つか、五つ。いったい、どんなイラストが描き出されるのか、まだ想像もつかない。 「それ……いったい何の絵になるんだろうな?」 「赤いからなあ……リンゴとか、トマトとか、あっ、花って手もある。チューリップとかさ」 トポトポと俺のカップに紅茶を注ぎながら、カガリは楽しげに語る。 彼女は、ラクスからの、その贈り物を、殊の外、気に入っていた。 そうだなあと相槌を打って、俺はベークドビーンズをトーストの上にのせて頬張った。 あと数十分で、この幸せな時間を終え、仕事に向かわなければならないと思うと、憂鬱でならない。 でも、行かなければならない。 パチンと両頬を叩かれて、俺は目をパチクリとした。目の前には、俺を覗き込むカガリの顔があった。 「責任感が強いのはいいことだが、お前は全部抱え込むところがあるからな。私には話せよ。まあ、機密事項は仕方がないが……」 「いいや、戦後補償なんだがな……」 「ああ、財政的にはきついが、必要だからな。働き手を失った家族……特に子供のいるところは、すぐにでも、援助がいるし―――」 戦後補償。 戦争によって、被害や人権侵害を受けた、主に、個人を対象になされる賠償のことである。 戦死者の遺族や、戦争で著しい損害を被った人々が、その対象になる。 一家の大黒柱たる夫を失った家庭などは、早急な経済的補償が必要だ。C.E.(コズミック・イラ)70年に、ナチュラルとコーディネイターの間で勃発した戦争により、多くの死者を出して数年しか経たない今、遺族年金や弔慰金を申請する戦死者遺族は多い。 問題は、その補償金目当てに詐欺を行う者がいることだ。 セキュリティ対策はしているが、戸籍データを書き換え、架空の養子縁組や偽装結婚を行う輩もいるのだ。戦死者遺族になりすますことが可能な人間がいることも、また、事実だ。 かといって、個人データが、まだデジタルではなく、書類だけで管理されていた大昔には、夫が軍にいたことを証明する通知や勲章などを戦争ですべて消失したため、夫の死から50年以上が経過しても、妻が、遺族年金や弔慰金といった補償を受けられなかった例もあるのだ。C.E.の現在は、証明品などなくても、IDでの身元証明が可能だが、怪しいとはいっても、頭から否定してかかるわけにはいかない。 このことで、戸籍を管理しているコンピュータが外部からの侵入を受けていることが発覚したため、法務省に、その技能に長けたキラがサポートに出され、セキュリティの強化を行っている。 俺も、この件は、いまだ明らかになっていない、詐称を行った人間の洗い出しに協力していた。キラ絡みで、一度、顔を出したのがきっかけで、関わることとなってしまったのだ。仕事量的には、本来の自分の請負のものに加えても、さして負担にはなっていなかったのだが、関係すれば関係するほど、精神的重圧が大きくなっていったことは誤算だった。 ただでさえ親族を失った傷心の家族を疑いたくはない。だが、その中に、戦死者遺族と偽って、不正に所得を得ている人間がいるという現実がある。戦争後の混乱で、経済が不安定なため、いまだ、失業率が高い。金銭的に逼迫しての犯行なのではと考えると同情の余地もあるが、少しだけ人間不信に陥りそうだった。 「隅々にまで、気を配るのはいいことだと思うが、それは、もともと、お前の仕事じゃないだろう?思うに、少しは人に任せたらどうだ」 俺の話に静かに耳を傾けていたカガリは神妙な顔で言った。 「だって、それじゃ、悪いだろうが」 一度協働した仕事だ。元は、自分の配分でなかった仕事とはいえ、途中で、ハイと放り投げることはできない。 「悪いも何も、それが、彼らの仕事だろう?たとえば、お前が、今食べているパン」 カガリに指差されて、俺は食べかけの食パンを、キョトンと見る 「それは、何でできている?」 「何って……小麦―――」 俺は首を傾げた。料理に興味は無いが、これで正解なはずだ。 「じゃあ、小麦は誰が作った?」 「誰って……農家の人たちだろ」 俺の頭の中には、ハテナ・マークが浮かんだまま。 「そう、農夫(ファーマー)たちは、種を蒔いて、肥料をやって、収穫する。そして、製粉工場で粉にされ、パン屋さんで捏ねて、焼かれて、食パンが出来上がる。それを、私がバターを塗って、トースターで焼いて、お前の口に入っているわけだ」 あ―――っ……。 「それぞれが、それぞれの仕事をしているんだ。で、そのどれかが欠けても、お前は、このパンを食べられない」 自分一人の手で、何もかもが動くわけではない。色々な人の手をへて、やっと、一つのものができあがる。 「お前の、関わったものを放っておけない性分は好きだが、少しは、他の人間にまかせることも覚えろよ。まとめ役は、アドバイスをしたり、意見を聞く必要があるが、手を出しすぎるのはよくない。まあ、私も、何でもかんでも首を突っ込みたがるところがあるから、説得力ないけどな」 カガリはバツが悪そうに、ペロッと小さく舌を出した。 「わかったよ―――」 確かに、自分でできることは、自分でということ以上に、他人が手間取って困っていると、ついつい、余計なこととは思いつつ、手伝ってしまう傾向が俺にはある。だが、それが高じて、オーバーワークになり、自らが潰れては本末転倒である。 「その戸籍詐欺やってる奴、オーブのマザー・コンピュータに進入できるなんて、すごい技術を持ってることは間違いない。こちらにひきいれたら、心強い味方になるかもしれないぞ。キラと一緒に、新しいプログラム組ませてみるとか」 どうして、そこまで、ポジティブに考えられるのか。個人情報が根こそぎ流出する可能性だとてあるのに。まあ、ハッキングを防ぐために、ハッカーを雇うという対策はあるにはあるが。 「お前なあ、犯罪者だぞ」 「今さらだぞ。それを言うなら、私も、お前も、前科持ち」 俺は、ザフトから最重要機密であるジャスティスを持ち出した脱走兵として、カガリは、大西洋連邦の支配に逆らったオーブ王族の逃亡犯として、共に追われていたことがある。政権が入れ替わった今でこそ復権しているが、戦時中は二人とも国家反逆者とか呼ばれるものであった。 「何がどう転がるかなんて、ある程度予測できても、結局はわからないからな」 ザフトに入隊して、仲の良くなかったイザークやディアッカと同じ隊に配属されたときは、気が重かった。 幼馴染であったキラと敵どうしになったときは、辛く、とてつもなく苦しかった。 だが、現在では、殺しあうしかないと思ったキラとは、再び友人に戻り、不仲だったイザークやディアッカも信頼に値する同志となった。 「でも、私は、それが、幸せへとつながる一片(ピース)なんだと思うようにしている」 たとえば、俺を幸せに出来るのは、カガリだけっていうこととか? 思えば、俺とカガリの出会いは、とてもではないが、良い目に転じるとは思えない一幕だった。 何しろ、カガリは俺を銃で撃ち、俺はナイフでカガリを殺そうとしたのだから。 それが、今は、二人で向かい合って、食事をとっている。一緒にいるだけで安らげる。そんな愛しくてたまらない存在だ。 「この頃、食欲がでてきて、安心したよ」 「ああ、つわりがおさまってきたからな」 カガリは2枚目のトーストを口に運ぶ。今でこそ、俺と同じくらいの食事量を摂るようになったが、つわりがひどかった頃は、食べられない上に、嘔吐が激しく、彼女の体がもたないのではないかと、気が気ではなかったのだ。 プロポーズを承諾してもらってから、わかったことだが。彼女は、その時、妊娠二ヶ月だった。 友人たちからは、計算が合わないだの、散々冷やかされたが、俺としては、最愛の相手との子供ができたということで、喜びが先にたち、気にならなかった。 ただ、心苦しかったのは、結婚式の準備を急がなければならなかったことだ。 結婚式は、式そのものもそうだが、準備もまた、挙式スタイルのプランから、日取りの検討、式場選びにはじまり、婚礼衣装選びに、招待状の発送などなど、かなりハードなスケジュールなのである。一般的なものでさえ、通常 六ヶ月から一年かかると言われている。ましてや、俺とカガリの結婚式は、オーブの威信をかけた、ロイヤル・ウェディングである。約一ヶ月でこなそうとしたのだから、その忙しさや凄まじいものであった。 俺はと言うと、彼女と子供に何かあったらと気もそぞろだった。 そんな俺の狼狽ぶりをキサカ氏が見かね、籍を先に入れ、王族としての大々的な披露宴は、子供が産まれて落ち着いてからということに、周囲を説得してくれた。せめてもと、親しい人間を招待して、内輪だけの結婚パーティを開き、祝福を受けた。 「アスラン、もうそろそろ出ないと―――」 テーブルの上の食事をだいたいたいらげた時、カガリが慌てたように立ち上がった。 時計の針は、7時30分を指していた。官庁までは車で一時間はかかる。もうそろそろ出ないと、間に合わない。 背広の上着を、俺に羽織らせたカガリの腕をひきよせ、そのまま抱きしめる。 「アスラン、急がないと、仕事に遅れるぞ!」 腕の中で、カガリが抗議の声を上げる。 「いや、本当に、幸せの一片だと思って……」 カガリの、まだ、それほど目立たない、ゆったりとした曲線を描くお腹に手を当てる。 「カガリと出会えたことは、俺にとって、最高の一片だ」 カガリは顔を真っ赤にして、俺の胸を叩いていたが、やがて、おずおずと言った。 「私も―――」 俺が見つめると、カガリは目を閉じた。彼女の柔らかな唇に惹き寄せられるように、接吻する。名残惜しげに、唇を離すと、彼女は、俺の額を、軽く小突いた。 「いってらっしゃい」 「いってきます」 あの戦争の中で、俺の中には、色んな一片が落ちてきた。 どうしようもなく苦しくて、悼ましくて、今でも心をさいなむものもたくさんある。 けれど、俺の手に残った、この小さな小麦色の一片だけは、俺にとって、限りない救いだった。 きっと、それは、絶対に―――。 Fine. |
うわあ!なんとも素敵なSSをつけていただきました!!(><)
NagiさんのBBSにて盛り上がった「アスカガ新婚いってらっしゃいキス」ネタです。(笑)
きょんのヘボヘボ絵にこんな素晴らしい物語をつけてくださって、ありがとうございます!!Nagiさんvvv
「煮るなり焼くなり好きにしていい」とのことなので、遠慮なく飾らせていただきますっ♪(感涙)
04.01.27UP
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