今日は2月の第3日目。俗世間で言う、節分の日です。
やぁ、またお会いしましたね。
私、ギャグにのみ登場するナレーションの富田林といいます。
いえ、忘れてくれて結構ですが。
それでは、葵家の節分模様、とくと御堪能下さい。
「チェキー!!」
何やら、四葉ちゃんが叫びながら家の中を駆け回っています。
「チェキーーーー!!!」
「ZZz…………」
構わず嘉依斗は寝続けています。
ある意味、この男は凄いですね。
「チェキチェキチェキーーーーー!!!!」
だけど、そろそろ限界の模様。まゆの端がピクついてます。
「だぁぁー!! チェキチェキうるさい!! 誰だぁ!!!」
……と言いますか、チェキ言うのは1人しかいないでしょう。
「あ、兄チャマ。やっと起きたデスね」
「四葉ぁ……。朝っぱらから何騒いでるんだよ……」
眠そうな目を擦る嘉依斗。朝っぱらと言っても、もう10時半なのですが。
「ムムッ! あっちに気配が! それじゃ兄チャマ、シーユーアゲン!!」
そう言ったかと思うと、次の瞬間にはもう姿を消している四葉ちゃん。
いつもながら、神出鬼没ってやつですね。
「……何だったんだよ、一体」
くぃ、くぃ。
今度は、嘉依斗の服を誰かが引っ張っています。
「ん? 誰だ…………って、か……花穂!?」
その人物を確認した瞬間、飛び上がる嘉依斗。
いつのまにか自分のベッドにいた、ということいもあるのですが、どうやら別の理由のようです。
「どどどど……どうしたんだよ! その顔!!」
「ふえぇ〜ん……。お兄ちゃまぁ……」
鬼のような形相の花穂ちゃん。……というか、鬼そのものです。
……まるでお面をかぶったような……。
「ふえぇ〜……。お兄ちゃまもナレーションさんもひどいよぉ〜。これはただのお面なのにぃ……」
「な……なに…………? そうだったのか?」
あらら、それは失礼。
「でも、どう見てもお面をかぶってるようには見えないぞ?」
確かに……。顔とお面の境界が見えませんね。
「ぐす……。あのね……実はね。千影ちゃんに豆まきがしたいって言ったの。……そしたら」
『豆まきには……鬼が必要だ…………。花穂君……犠牲になって……くれたまえ』だそうです。
……彼女に頼むこと自体がそもそもの間違いだと思いますがね。
「何か……言ったかい?」
いえ、何も。
「そうか……今日は節分だったんだっけ。豆まきか〜。久々にやるか!」
どうやら乗り気の嘉依斗。しかしこの男、花穂ちゃんのことは無視ですか?
「チェキ!! 見つけたデス!!!」
「チェキ……だって?」
何か声が聞こえたと思ったその瞬間、弾丸のようなものが嘉依斗の右頬をかすめて飛んで行きました。
「!!! !!!!」
声にならない声をあげる嘉依斗。
頬からは赤い液体が垂れています。
「しまったデス。またオニに逃げられてしまったデス」
チッ、と舌打ちをする四葉ちゃん。
四葉ちゃんの言う通り、鬼……じゃなくて花穂ちゃんはいつのまにやら姿をくらましていました。
「しょーがないデス。またチェキのやり直しね」
「……ちょっと待て四葉!」
少し怒りのこもった声。……分からなくもないですけどね。
「あ、兄チャマ! 何かご用デスか?」
「ご用もヨーヨーもあるかぁ! 一体何を撃ちやがった!!」
「んもぅ、何怒ってるの? 兄チャマ。さっきのはね……」
と、何やらポケットをごそごそと探りはじめる四葉ちゃん。
そして、取り出したのは……。
「…………ま、豆?」
「そうなのよ。セツブンの日にはオニさんを豆で撃ち殺すという風習があるの、知らなかったデスか?」
…………どこでそんな曲がった解釈を叩き込まれたのですか?
「千影ちゃんが言ってまシタ♪」
あ、そう。
「と、とにかくだ。鬼には当ててもいいが殺っちゃイカン。第一、どうやったらあんな速度が出るんだよ……」
「あぁ、それなら簡単デスよ。こう指で……」
言いながら、窓の外に構えてみせる四葉ちゃん。
「弾くのよ!!」
バシュッ!!
空を切るような音と共に飛び出した豆は、庭の木に直撃。
そのまま木は真っ二つとなってしまいました。
「ね、簡単でしょ? 兄チャマ」
窓の外では、巨木が凄まじい音をあげて倒れ込んでます。
「…………」
嘉依斗は、開いた口が塞がらないようです。
「四葉……。お前は見つけるだけにして、絶対に豆に触れるな。……いいな」
「えー、でもそれじゃオニを退治できないチェキぃ」
「それは俺がやる! いいか! 絶対に豆を撃つなよ!! 絶対だぞ!!!」
必死の形相の嘉依斗。
まぁ確かに、あんなのを乱射された日には、いつ死ぬか分かったものじゃないですね。
「……分かりまシタ。それじゃ兄チャマ、一緒に行きましょ♪」
ほんと、早く花穂ちゃん助けなさいよ。
二人は今、庭を歩いています。
すぐそばに、さっき真っ二つにされた木が寝そべってます。
「ここにもいないなぁ……」
と、嘉依斗が一歩踏み出した、その瞬間!
「お兄ちゃん! 危ない!!」
「へ?」
刹那、嘉依斗の膝ががくりと折れ、前に突っ伏してしまいました。
そしてその数瞬後に、嘉依斗のを頭上を、同じく弾丸のような豆が飛び去って行きます。
「こ……今度は何だよ…………」
「あははは……兄チャマ、ソーリーデス。四葉、罠仕掛けてるのすっかり忘れてた……」
「こいつ……絶対に危険だ…………」
ははは、死なないでよかったですね、嘉依斗君。
「ふぅ、全くだよ……。今の声のおかげだな。ありがと、可憐」
振り返ると、嘉依斗の膝を押して倒したであろう手首。
「な……?」
「お兄ちゃーん! 大丈夫でしたか?」
そして遠くから駆けてくる可憐ちゃん。
その腕には…………手首から先が付いてないですね。
「かか……可憐! どうしたんだよ、その手!!!」
「え? 手……ですか?」
と、嘉依斗が可憐の腕を掴もうとした瞬間……。
「ぐほぁっ!!」
地面に転がっていた可憐の(?)手首が嘉依斗の腹を直撃。
「っっっ〜〜〜〜〜!!!!!」
おおー、苦しそうですねぇ。
……いやいや、そんなことより可憐ちゃんは……。
……腕と手首をくっつけて何かしています。
「別に……普通の手ですよ?」
あ……あれ? ほんとに何事もなかったかのようにくっついてます。
「ゲホッ……ゴホッ…………で、でも確かに……」
「きっとお兄ちゃんの見間違いですよ。ね、四葉ちゃん♪」
その音符が恐い……。
「もちろん……あなたも何も見てないわよね、富田林さん……?」
あああぁ……ナゼ私の名を…………。
四葉ちゃんも震え上がって首を縦に振ることしかできないようです。
「そっか……見間違いか。うん、ならいいんだ」
あんた正真正銘の馬鹿だよ、嘉依斗。
「それより、花穂のやつ知らないか?」
「花穂ちゃん? 花穂ちゃんならさっき仕留め……コホン。さっきお部屋に帰りましたよ?」
…………。
「可憐ちゃん。今何か言わなかったデスか?」
「え? なーに? 四葉ちゃん」
……ひいぃ……目が恐いです。
「な……何でもないデス」
「それじゃ、みんなで花穂の部屋に遊びに行くか?」
ほんっと、鈍感と言うか馬鹿と言うか、この男は……。
「うん♪ それじゃ、早く行こ! お兄ちゃん、四葉ちゃん」
「あううぅぅぅ…………」
「ん? どうした? 四葉」
四葉ちゃん、まだ恐怖が抜け切ってないようです。
「早くぅー!」
無邪気なものですねぇ……はたから見れば。
そして、花穂の部屋。
「花穂ー。遊びに来たぞー!」
二つノックをして、ドアを開ける嘉依斗。
出迎えた花穂ちゃんの顔には、もうお面はないようです。
「あれ? 花穂ちゃん。お面はどうしたデスか?」
「あ、あれなら千影ちゃんが持ってっちゃったよ」
笑いながら答える花穂ちゃん。
どうやら、お面が取れたのがよほどハッピーだったようです。
「そうか。そりゃ良かった。ところで……これからみんなで遊ばないか?」
「うん! 遊ぶ遊ぶ!」
いろいろありましたが、ようやくなごんできてるようですね。
今回の事件も、無事に一件落着……。
「いい遊びが……あるよ」
しそうにないですね。
「……千影? 何だ? 面白い遊びって」
手には何やら無気味なものを御持参しております。
「あ、さっきのお面デス」
「…………これを」
と、千影ちゃんがお面をかかげた瞬間、それは嘉依斗の頭へ……。
「うわっ!! な、何だよコレ!? おい、千影!!」
「ふふ……。みんな……あれは兄くんの…………心の鬼。あれを払えば……きっと兄くんの心を……手に入れられるだろう…………」
キラリ、と光る3人の目。
まさに、野獣の目です。
「って、何言ってんだよ千影! お前らもそんなこと信じるんじゃ……」
「お兄ちゃん……。可憐に任せて!」
「え……?」
「チェキ! 四葉の豆鉄砲で一撃よ!!」
「ちょ……ちょっと……!」
「お兄ちゃま! 花穂のバトンさばき、見ててね!」
「ま…………待て待て待てー!!」
ばっちり信じ込んじゃってます。
今日で嘉依斗の馬鹿もようやく直るのでしょうか。
「わ……わぁぁーーーー!!!!」
「お兄ちゃーん! 逃げないでーー!」
なんかロケットパンチみたいなのが飛び交ってます。
「チェキチェキ!! じっとしててクダサイ!」
銃らしきものが乱射されてます。
「いたっ……。ふえぇぇぇん!」
転んで泣いてます。
「ふふ……。実に楽しいよ……兄くん。………また、来世」
いつのまにか姿が消えてる人もいます。
「わっ! ととっ!! ……くそ、千影ーーーー!!!!(エコー有り)」
2003年2月3日。
葵家からは、謎の轟音と奇怪な叫び声が一日中聞こえていたということを、最後に付け足しておきましょう。