スティーブ・マックィーンは僕らの先生だ。


これは、大脱走DVDのジャケットです。
スティーブ マックィーン その名を耳にする時、ある年代の者にとって、その響きはちょっと特別だ。それは魔法の呪文となって、心の中で時代をさかのぼる。
家庭にパソコンもテレビゲームも無かったころ、一般に娯楽といえば、映画ぐらいだったころ、今ほどアメリカが近い国ではなかったころ、それは突然やってきた。スティーブマックィーン 夢の国アメリカのハリウッドスター。だけど今までのハリウッドスターとは少し違う。どこが違うか言い表せないけど、違って見えた。そのハリウッドスターは、映画の中でも、私生活でも、バイクに乗っていた。彼が操るのは、豪華なハーレーではなく、軽快なスポーツバイクだった。それをテニスラケットのように操り、アメリカの大自然の中を駆け回った。かっこよかった。しかもマックィーンの操るバイクは、ぼくらの町のバイク屋にあるのとあまりかわらなかった。なんだかとても身近に感じた。まねが出来そうだった。だからまねてバイクに乗った。そしてそれがモータースポーツだと後からわかった。当時、日本では真の意味でのモータースポーツはまだ定着していなかった。2輪車レースはあったけど、メーカーの威信をかけた商業的色合いが濃く、アマチュアが趣味でスポーツとして、楽しむという感覚は無かった。だからマックィーンは新鮮だった。憧れた。豊かで自由な国アメリカに憧れ、映画のなかのマックィーンに憧れ、これが全てだった。ぼくらはマックィーンにバイクの楽しみ方を教わった。テクニックではなくて、もっと大事な楽しみ方を。だからみんな、楽しかった。そしてマックィーンもハリウッドの頂点へ上っていった。そんな時だった、やっぱりこれも突然やってきた。まえよりも、もっと突然に。
1980年11月7日 スティーブマックィーン死亡。
彼の死によってひとつの時代が幕を閉じようとしていた。だれもが時代のエピローグと思った。しかしそれはいつのまにか次の時代のプロローグとなっていた。次の時代とは、僕らの心の中のマックィーン伝説の始まりだった。

STEVE McQUEEN
身長175cm、体重73kg、
生年月日
1930年 3月24日生まれ
本名
テレンス スティーブン マックィーン
出生地
インディアナ州 インディアナポリス ビーチ グローブ
家族と略歴
父はスティーブの生後一ヶ月で失踪。母は ジュリアン マックィーン、兄弟なし。
1956年 舞台女優ニールアダムスと結婚二子をもうけるが、1972年離婚
翌1973年 映画ゲッタウェイで共演した映画女優アリ マックグローと結婚、1978年離婚
1980年1月、モデルのバーバラ ミンティーと結婚一子をもうけるが、
同年1980年11月7日 肺がんのため死亡。
本人の希望により、遺体は埋葬はされず、火葬の後、遺骨は太平洋に撒かれたという。

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