この子は2002年8月10日に17週4日で天使になりました

かっちゃん、おねえちゃんになるんだね

かっちゃんが1歳になるちょっと前の2002年3月、我家は引越しを控えていたので、「2人めは引越しがすんで、落ち着いたらだね」なんて、話してたっけ。
私には兄弟がいない。以前から結婚したら子供2人はほしいと思っていた。
かっちゃんは、まだまだ手がかかっていたけど、なるべく早く2人めが欲しかった。
でも、まあ、焦らず自然に任せて、なんて思っていたら、2002年の5月に妊娠した。
かっちゃんを産んでから基礎体温なんか測っていなかったから、排卵日っていつ?状態だったのに。

かっちゃんの時は、生理が1週間遅れて、検査薬で調べて陽性だったから、すぐに病院にいった。でも、まだエコーに何も映ってなかったし、診察代だって高いし、、、急いで行かなくてもいいよな(2人めって余裕!)って思ってたら、生理予定日から2週間ほどたった日に出血!?あせったけど、夜だったし、少量だったこともあって、病院には翌日行った。

診察の結果、エコーには、赤ちゃんの入ってる袋が映っていた。とりあえず、一安心。だけど、まだ心拍が確認できてないし、出血もしてるので無理せず安静にと言われ、「流産、早産を防ぐための注意事項」が書かれた紙を貰い、薬も出された。
普通に生活できるけど、安静にと言われたし、お風呂に入れないし(シャワーはOK)、この日から、かっちゃんと実家にいることにした。

出血も止まり、2週間後診察を受けると、心拍が確認できた。7週。予定日は来年の1月14日。学年年子だ。(ってほんとはこうは言わないらしい)
予定日が出たので、翌日母子手帳を保健センターにもらいにいった。

母子手帳には書かれたのは2行だけ

  • 2002年6月24日

10週、6日。3ヵ月。順調。

  • 2002年7月30日

16週、0日。5ヵ月。順調。
母子手帳にはこの日の2日前に胎動を感じた日と記録してある。
安定期に入った、これで一安心だ、、、と思っていたのに、、、

安定期に入った矢先の事だった

  • 2002年8月9日

かっちゃんを寝かせ、私はパソコンをいじっていた。11時くらいだっただろうか、お腹が痛いなと感じ、トイレに行った。だけど、なんだか様子がヘンだった。何かが降りてくるような感じがした。腰も痛くなってきたので、ベットに横になった。横になていれば治まると思っていたのに、破水してしまった。「パン!」と水風船が割れるような感覚と同時に、生温い水が出てきた。
心臓がばくばくいって、かなりパニックになった。震える手で、かばんから診察券を出し、病院に電話した。すぐに来るようにと言われた。だけど、まだ旦那さまが帰ってなかったので、すぐに実家に電話。父と母が駆け付けてくれた。その間、何か不安を感じたのだろうか、かっちゃんが泣き出した。母にかっちゃんをまかせ、私は父の運転する車で、病院に向かった。

診察を受けると、破水してる事は確かで、17週では助からないと言われた。
このまま胎児を残しておく事は、母体に感染症が起こってしまうので、出産と同じように出してしまわなくてはならない。破水してしまえば、陣痛が起こってくるから、とりあえず、朝まで様子をみるということで、私はそのまま入院ということになった。

意外にも、私は冷静に先生の話を聞いていたと思う。
診察室を出ると、旦那さんが来ていた。旦那さんも先生から説明を聞いた。

  • 2002年8月10日

朝になっても、陣痛が起こらなかったので、促進剤を使い陣痛を待った。
だんだんとお腹が痛くなってきて、我慢できなくなった頃、処置のために分娩台に上がった。出産と同じようにいきむことはしなくてすんだけど、陣痛は感じるわけだから、かなり痛く、つらかった。
処置のすんだあと、旦那さんが赤ちゃんを確認してくれた。とても小さく、手のひらに乗るくらいだったそうだ。ちゃんと人間の形をしていて、性別もわかった。女の子だった。先生が「見ますか?」と聞いたけど、私には見る事ができなかった。

今回の事は、結局、原因は不明とされた。

かっちゃんが無事生まれ、成長していることに改めて感謝

午後に父と母に連れられて、かっちゃんがきた。私は、かっちゃんをつれて新生児室をのぞきにいった。なんだか赤ちゃんを見たいと思ったからだった。
5ヵ月すぎていたので、死産扱いになるので、翌日、火葬場へ行った。お寺でお経もあげてもらった。

かっちゃんがいる、だから平気

ひとりめじゃなかったから、平気だった。不思議な事に仕方がなかったって、割り切れていた。
そうは言っても、妊婦を見るのはつらく感じた。
処置後の診察で病院に行った時は、待合室には当然妊婦さんがいっぱいた。やっぱり涙が出てきた。
同じくらいの予定日の人のお腹が大きくなってるの見たり、私より後に妊娠した人のお腹がだんだん大きくなってるのをみたりすると、正直言ってつらかった。
だいぶ落ち着いてきた頃だったけど、「ママのお腹に赤ちゃんいるの」と無邪気に話す女の子の言葉も本当は聞きたくなかった。

きっとすぐ、もどってくる

きっと、あの子はすぐにもどってくる。そう信じていた。信じていたけど、焦ったいた。

すぐに生理はもどるのだろうか心配だった。排卵だってちゃんとあるのかどうか、心配だったから、基礎体温も測り始めた。心配していた生理も、処置後ぴったり1ヶ月たって始まった。

「次の妊娠は3ヶ月くらいあけるように」と先生に言われ、3ヶ月たち4ヶ月たった。
早く妊娠したい。と、私は焦っていた。

そんな時、かっちゃんが年の瀬のさなか水疱瘡になった。幸い発疹も少なく、軽くすんだ。
2週間後、私が水疱瘡になってしまった。やってなかった私に、見事感染した。体中発疹ができ、かゆく、痛く、熱も39度近く出てしまった。
かゆみにたえながら、布団の中で思った。
「本当だったら、今頃、出産だったんだ。だけど、あの娘は、こうなることわかっていたんじゃないかな」と。

そう考えたら、もうちょっとのんびりと構えよう。焦るのやめよう。基礎体温も測るのやめよう。と、思った。
そして、水疱瘡が完治してからは、かっちゃんの世話に追われながらも、気分転換をかねて、週1日は弓道の稽古に行くようにした。旦那さんにかっちゃんを任せて。

焦らないけど、すぐにもどってきてね。おねえちゃんが、おとうさんもおかあさんも待ってるよ。

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