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『雑記』 1996年 「勝間田哲朗『錯綜する迷宮銀河の考古学』」
『雑記』 1998年 「上條陽子の転回」 「切断と積層が
生む新世界─上條陽子の新作群について─」 「呉一騏 水墨画の新次元」
『雑記』 1999年 「安藤信哉・自在への架橋」
「呉一騏 水墨画の21世紀へ」 「深沢幸雄・人間存在への深い眼差し」
『雑記』 2000年 「内田公雄の絵画世界」
「水墨の原理・易経の哲理」
『雑記』 2001年 坂東壮一手彩色銅板画集「仮面の肖像」
『雑記』 2002年 「坂部隆芳『山王曼荼羅図』」
「ヴァンジの彫刻について」
「記憶の塔ー上條陽子の箱」
「蒼天の漆黒 内田公雄『2002 W−8』」
「久原大河 『才難は、この若者に降りかかった』」
『雑記』 2005年 「世紀を越えて−大矢雅章と佐竹邦子」
「生動力と構造力 佐竹邦子作品への視点」
『雑記』 2006年 「佐竹邦子の21世紀的展開」
『雑記』 2007年 張得蒂「尊敬すべき人生追及──日本三島市K美術館及び館長越沼正先生に
ついて」
『悠閑亭日録』Diary2012年
気になる展覧会
今和次郎 採集講義展
石子順造的世界
ルドンとその周辺 藤牧義夫展
2月 4日(土) 1984
昨朝はこの冬一番の冷え込みだったけど、立春というのに今朝も冷える。しばし蓑虫状態。それにも飽きていつもの時
間に蒲団を出る。
ブックオフ長泉店には村上春樹『1Q84 BOOK1』新潮社が105円棚に。ジョージ・オーウェル『1984』は昔
読んだ。
由紀さおりのアルバム『1969』に刺激されて、先だってカセットテープの棚から取り出して聴いたのが、高橋真梨子
のカバー曲集『紗』。近藤真彦『愚か者』、タイガース『花の首飾り』、井上陽水『ジェラシー』、松田聖子『 sweet
memories 』そして中森明菜『 desire -情熱- 』など十曲。1989年の作品だ。今聴いてみると、オリジナルのほうがいい。
井上陽水のカバー曲集『 UNITED COVER 』2001年収録の『花の首飾り』のほうが断然いい。高橋真梨子のは、特にカッコよ
くと意気込んだ演奏が時代の制約=古さを感じさせる。残酷なまでの歳月による風化の力。
にわかに昭和歌謡を聴きだした。中森明菜のベスト盤CDを聴いて『十戒(1984)』にああ、やっぱりいいなあ、とオリ
ジナルのEP盤を取り出して聴く。それから大好きな昭和の歌のEP盤(17センチ・ドーナッツ盤。平成には絶滅していた
なあ)をかけまくる。で、気づいた。あの盤もこの盤も1984(昭和59)年の歌だ。
中森明菜『十戒(1984)』
田原俊彦『チャールストンにはまだ早い』
小林麻美『雨音はショパンの調べ』
薬師丸ひろ子『メイン・テーマ』
チェッカーズ『ジュリアに傷心(ハートブレイク)』
井上陽水『いっそ セレナーデ』
安全地帯『恋の予感』
内山田洋とクール・ファイブ『恋さぐり 夢さぐり』
原大輔『流されて』
西島三重子『夕闇のふたり』
いやあ驚いた。1984年のドーナッツ盤をこんなに買っていたとは。それぞれの歌にはそれぞれの哀しい思い出が貼りつい
ている。封印していた記憶の函の蓋が開いてしまう。若かったあの頃。若過ぎたあの頃。(知人が♪胸さぐり股さぐり〜♪と
歌っていたのはヒミツだ)それにしても、全曲 You Tube で聴けるとは。
ネットの拾いもの。富士山で地震。
《 富士山の地下から、なにか怪獣でも出てきそうな勢いだな。
自殺の名所 富士の樹海ってあったじゃない?
異常現象で自殺した死体が生き返ってさまよってるんだって。
死霊の盆踊りかい。》
2月 3日(金) 買えない味
昨晩、近所のスーパーで買い込んだ食料品の中にチョコレート二箱を紛れ込ませた。二月はチョコを買うのに冷や汗。
バレンタインなんてものがあるんだからあ。で、こんなチョコ
セピアちゃんは欲しいねえ。京都のフランス屋製菓の商品。私は買えな
いなあ。
ブックオフ長泉店で二冊。近代ナリコ編『 FOR LADIES BY LADIES 女性のエッセイ・アンソロジー』ちくま文庫2007
年2刷、山田風太郎『天狗岬殺人事件』角川文庫2010年初版、計210円。前者は贈呈用。後者は2001年に出た出版芸術社版
単行本(持っていない)の文庫化なので(そんな理由かい)。
平松洋子『買えない味』筑摩書房2007年3刷を読んだ。ここにはたしかに「買えない味」がいっぱいあるわ。
《 米は冷えてから味がわかる。貯金は減ってからありがたみがわかる。》「冷やごはん 炊きたての裏側」
同感。どっちにも同感。痛感。
《 寝る前に鉄瓶に水を満たし、沸騰させるのも習わしになった。火を止めて一晩置き、翌朝あっためてつくる白湯のお
いしさといったら、もう。なんといえばよいか、からだが喜ぶのである。》「鉄瓶 おいしい白湯を飲もう」
鉄瓶ねえ。高校生の時、修学旅行で行った盛岡でわざわざ買った鉄瓶を、平松洋子と同じ失敗をやらかして、こりごり。
《 このむなしさを味わうこと三回。》
四回目には……か。鉄瓶と女ほど扱いが難しいものはない。
《 さて。オトナの夏ともなれば、アイスクリンの代わりにハイボールである。》「本 一冊にくぐもる味と匂い」
流行になる何年も前にハイボールだよ。ハイボール、私は飲んだことがない。オトナ、オジサンをすり抜けて大人しい
オジイサンになってしまった私。
料理本は、台所に五、六冊ある。以前は本を参考に火加減の具合とかを勉強した。ガス台はプロ仕様。昭和の時代のこ
とだ。最高の料理を作るには最良の食材が必要、そんな食材の入手法がわからず、フツーの料理で間に合わせるようにな
った。本も棚で埃をかぶっている。友だちから平松洋子の本を依頼され、以前ブックオフでこのちくま文庫版を見つけて
渡したことがあった。今回買った単行本は自分用。大上段に構えず、日常生活に味わいを増すささやかな手段がどっさり
盛られている。不精な私でさえ試してみようかな、とその気になる(だけ)。
2月 2日(木) 山崎方代・続き
昨夕帰りがけにブックオフ長泉店で二冊。野尻抱影『野尻抱影の本1 星空のロマンス』筑摩書房1989年初版、平松洋
子『買えない味』筑摩書房2007年3刷、計210円。「買えない味」というと広小路駅の缶コーヒーの広告看板を思い出す。
「この味は変えない」。
やり投げはスポーツ。投げ槍はスポーツの槍。投げ遣は、やりっぱなしのだらしのないこと。山崎は方代。し放題では
ない。
岡井隆『現代百人一首』朝日文芸文庫1997年初版では山崎方代の歌が選出されている。
《 甲州の柿はなさけが深くして女のようにあかくて渋い 》
遺歌集『迦葉』収録歌。岡井は書いている。
《 山崎方代の歌の懐かしさのようなものは、長くこの列島に住んで農業を基本にして育ててきた文化の懐かしさで、
ほとんど飜訳の不可能なものかもしれない。》
《 仕舞湯に漬け込んでおきし種籾がにっこり笑って出を待っている 》
岡井は好きな歌として、上記の歌を挙げ、書いている。
《 短歌史上から言えば定型と話言葉の擦り合わせのいみじき一例を作ったのである。》
上記の歌を含む『迦葉』から私の好みを。
《 そなたとは急須のようにしたしくてうき世はなべて嘘ばかりなり 》
《 大きな波が寄せてくる 大きな笑いがこみあげてくる 》
《 太書きの万年筆をたまわりぬキリスト様は何も呉れない 》
好みだからといって、これらがとりわけ優れているとは、私は思わない。岡井隆『現代百人一首』には福島泰樹の歌も
選出されている。
《 眼下はるかな紺青のうみ騒げるはわが胸ならむ 靴紐むすぶ 》
この歌を昨日掲出した山崎方代の歌に並べる。
《 ほどけたる靴ひもをゆわきなおさむとかがめる時に吾がある 》
ネットのうなずき。
《 40代はローンと嫁抱えてリストラで死にかけてる。》
《 電車でどこか遠くに行きたい。「青春18きっぷ」の2倍の効力がある「疲れた大人36きっぷ」とか売ってほしい。》
しかし、こう寒いと……。
《 昔:倒れたら嫁が世話してくれる
今:倒れたら嫁が離婚して慰謝料請求してくる 》
《 ま夜中をひとり静かに茶をたてて心の中をあたためておる 山崎方代 》
2月 1日(水) 山崎方代
朝イチで床屋へ。風が強い。向かい風なので自転車を漕ぐのが大変。肩が凝る。
《 マッサージに行きたいけど、どこでインフル拾っちゃうかと思うと躊躇。》
同感。こういう時は冬ごもりじゃ。
『山崎方代全歌集』不識書院1996年2刷収録の四歌集『方代』『右左口(うばぐち)』『こおろぎ』『迦葉』を読んだ。
没後まもなく刊行された『迦葉』を読むと、「山崎方代(ほうだい)」という虚構の歌人を主人公にした作品集(歌集)
という印象を受ける。
《 夕日の中をへんな男が歩いていった俗名山崎方代である 》
《 方代の名刺を刷って手の平の上に一枚のせて見にけり 》
《 ころがっている石ころのたぐいにて方代は今日道ばたにあり 》
《 早生まれの方代さんがこの次の次に村から死ぬことになる 》
以下の歌に、山田風太郎を連想する。
《 欄外の人物として生きて来た 夏は酢蛸を召し上がれ 》
山田風太郎は自身を「列外」と自覚して生きて来た。欄外と列外。同じ外でも隔たりは大きい。四歌集を通読して、最初
が高くてしだいに下ってきた、という印象を覚えた。『方代』から気に入った短歌。
《 シグナルの青と赤とのまたたきよ平和はここに溢るるばかり 》
《 宿無しの吾の眼玉に落ちて来てどきりと赤い一ひらの紅葉 》
《 東洋の暗い夜明けの市に来て阿呆陀羅経をとなえて歩く 》
《 道ばたに焚火があればまたぐらをあぶりて又歩き出す 》
《 くりかえしつたえる朝の報道の事実と云えど信じるなかれ 》
《 茶碗の底に梅干の種二つ並びおるああこれが愛と云うものだ 》
《 一足の黒靴がならぶ真上より大きな足が下りて来たる 》
《 ほどけたる靴ひもをゆわきなおさむとかがめる時に吾がある 》
などなど。読み返すと選出歌がガラリと変わってしまう。困ったことだ。
旧日録 2012年 1月 続
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