中林忠良は自らの銅版画を「白と黒の世界」と呼んでいます。白い紙に
黒インキ一色で刷られた銅版画は、黒の部分が画家の手によって加えられた
(表現された)ところですから、普通は「黒と白の世界」と言われます。
それを「白と黒の世界」へと言葉を反転させたとき、画家には人為の黒に
侵食された白のイメージがあったようです。
黒の表現=銅版画とはそんな人為による汚れの混乱を潜り抜けて見えてくる、
新しい世界秩序=白と黒との交響の世界を招来、実現するものです。画家に
とっては、白が隠れた主旋律であり、黒は白および白との境界を際立てる
役割を担います。この作品からは、白の世界を黒の表現が侵犯することへの
ひそやかな痛みのようなものが感じられます。
画家は以後、白への侵犯という隠れた主題を深めてゆきました。それは
「転位」というシリーズで発表されています。