江戸生まれの安藤広重「東海道五十三次」の大尾・京都三条の構図は、
完成した型として、後世に影響を与えたようです。橋口五葉や関野準一郎
の木版画と同じく、京都生まれの吉川観方も、その構図は踏襲していますが、
そこは京都人の矜持でしょう、さりげなくがらっと変えています。
広重の「三条大橋」は川沿いの石垣に、広重の「橋上の人」は大小の木々に、
広重の「山並み」は家並みに、そして季節まで替えています。構図はそのままの
見事な換骨奪胎です。京都の真の魅力は朝霧にこそある、と見えを切っている
ようです。
「京都の裏面の通人で、京都の風俗資料の大コレクター」そして考証家
として後半生を生きた観方の、画家として描いた最後の頃の作品です。