上條陽子は、1987年に脳の切開を受けました。画家は、手術で崩れて
しまった身体感覚をなんとか取り戻すため、リハビリを兼ねた木版画の
制作に励みました。これはそのときの一点です。
ままならぬ身体ゆえ、一彫り一彫りの強弱のかたちは、鉱山の暗い
坑道を手探りでゴツゴツと削った跡のように不ぞろいです。うずくまる
人物像は重い苦悩を伝えていますが、同時に画家の深く正確なまなざし
のもと、ぎこちない一彫り一彫りに残る生の確かな感触が、見る者に
明確に伝わってきます。
出来上がった木版画は、その不自由な時が逆説的に生み出した、表現
の耀く「幸運の一刻」を刻印しています。