「雪の母子」

 磯見輝夫の木版画では、木版特有のざらっとした「かすれ」の効果が
最大限に引き出され、独特の魅力を作っています。その「かすれ」に
勢いのある彫りが重なって、波打つように動態的な構図が、画面を
大きく見せています。そのダイナミズムは、版画家が対象の全体像を
わしづかみに把握し、その外郭をざくざくと一気に彫り進めてゆく
大胆な手法からきていますが、ただ豪放に彫ったように見えるその彫りの
線も、その裏には精確な計測(下描き)と細心の注意が払われています。
その緻密な技術の裏打ちによって、作品はしっかりした安定感を保ち、
心理的奥行きを見せています。
 日本美術の伝統的な特色である余白の美が、19世紀ジャポニスムブーム
の中でセザンヌの「塗り残し」の油彩画を生み、それが遠いこだまとなって、
磯見輝夫の「かすれ」の表現へ里帰りしたような趣もあります。