川瀬巴水は、洋画を岡田三郎助に、日本画を鏑木(かぶらき)清方に
師事しました。初期といえる(最初の木版画は前年の1918年に制作)この
作品では、たどたどしいような描線が印象的です。以後の作品からは、
このような描線はほとんど見られません。彼自身、「私はフランスでカットを
かいている人(誰か忘れた)の線をとり入れた。(略)印象的感情的なところを
ねらった。」と語っているようです(注)が、ファン・ゴッホの「馬鈴薯を
食べる人々」1885年を連想させます。室内と屋外、ランプと満月の違いは
ありますが、ファン・ゴッホの絵と同様に深く地味な色調で、市井に生きる
庶民が、ここでは点描ともいえる描写に生き生きと描かれています。その
描写は、また北斎の描く風景画のなかに点景として生きる庶民の、確かな
人物造形力をも想起させます。
また、同時代の作品、例えば伊東深水18歳の日本画「乳しぼる家」1916年は、
巴水のこの版画の兄弟のようです。この時代(時期)の一つの流行なのかもしれません。
(注)『日本の版画2 1911-1920』千葉市美術館1999年図録151頁より