東京大空襲の時、足に負った傷が遠因で歩行困難に陥った深沢幸雄にとって、
机上の小さな銅板を前に自己とじっと向き合うことが制作の主題となりました。
版画家は、自意識の下に広がる広大な無意識の領域に潜む、かたち以前の原形態
をなんとか表現しようと試みました。そのためには冷ややかでのっぺらぼうな
銅板こそ、目に見えないものをかたちにする困難な作業に最も適した道具でした。
背後の無意識に向かって行う深い自己集中の果てに、頭脳の奥底からわいてくる
不思議な幻像を、版画家はいくつもの銅版画に定着させました。その成果のひとつが
この作品です。見つめる自分と見つめられる自分という合わせ鏡のような二重構造と、
現実の大地に踏ん張ることもままならない生身の自分への痛ましい愛憎の情が、
作者の意図を超えてあらわになったこの作品は、題名とともに独特の深い印象を
見る者に刻みます。