「マエストロ・アダモ」

 イタリアの詩人ダンテが14世紀に書いた『神曲』のなかの「地獄篇」に
に想を得た連作19点の一枚です。マエストロ・アダモは、地獄の第八圏に
いる悪人です。ダンテの時代にフィレンツェで贋の金貨を製造した親方
(マエストロ)で、発覚して火刑に処せられました。彼は、足がなければ
「琵琶そっくりの形」で「体液滞って四肢の不整はなはだしく、顔と腹とが
つりあわず」「腹は太鼓のような音をたてた」。
 深澤幸雄は当時、東京大空襲で右足に受けた傷がもとで歩行困難に苦しんで
いました。油彩画を断念し、座ってできる銅版画を始めた彼は、孤独な手探り
のなかで創作の壁にぶち当たっていました。彼の結婚媒酌人である詩人の
川路柳虹は、ダンテの長編叙事詩『神曲』、とりわけ「地獄篇」を読む
ように勧めました。版画家は深く感銘し、これをもとに制作しました。
一連の作品で版画協会賞を受けました。