〜黄昏色の永遠〜
ぶらっと出かけた、ドライブの帰り、辻堂のあたりで、夕暮れを向かえた。
特に何を話すでもなく、カーステから静かに音楽だけが流れている。
「見届けないか?」
運転している俺に、直江が言った言葉はあまりに唐突で、俺はそれをまるで音楽の一部の
ように感じてしまっていた。
「・・・・・・ん、何?」 それが直江の声だったことを認識するのに少し遅れて、ようやく問い返すと、
「夕陽・・・」 直江が、単語ひとつで簡潔に答えた。
いつもの直江らしくない話し方。丁寧で落ち着いた口調と違って、ちょっと幼い。
(夕陽が沈んでいくのを、見届けないか・・・って言ったのか) と、
少し考えて、理解した。
「そうだな、車、停めようか。」と、堤防沿いの停めやすい場所を見つけ、
ハザードを点けて停車させた。
夕陽は、もう底辺を水平線に接する寸前だ。
直江は車から降りると、堤防にひじをつくように、海に沈む夕陽を見ている。
俺もエンジンを切って、車から降り、あいつの横、堤防に腰掛けた。
見下ろす位置に見える、あいつの頭がとても無防備で、思わず触れて、その髪の柔らかい感触を、
確かめる。
俺の指から、さらさらと髪がこぼれ落ちるのが気持ちよくて、何度も繰り返す。
直江は、それを拒まない。
(めずらしいことだ。外で触れられることを、あいつは人の目を気にして、嫌がるのにな)
「あと、何分くらいかな?」
また、唐突にあいつの短い問い。
「あぁ?沈みきるまでか?」 省略された言葉を確かめる。
「うん」 あいつらしくない子供っぽい返事。
「さぁな、10分かからないんじゃねぇ?」と、俺は答える。
あいつが煙草に火をつけたのを機に、俺の手はあいつの髪から、離される。
海風は、冷たく、俺達を通りすぎていく。
紫煙が、それに、運ばれていった。
「直江、寒くないか?」シャツに風をはらませながら、身動きもせず海に見入るあいつに聞く。
話し掛けてないと、あいつがその景色に溶けこんでいってしまいそうで・・・・・・。
「あぁ。平気だ。」と、かえってきた直江の声にほっとする。
空は、夕陽のまわりだけを茜色に染め、天空はもう闇を誘う濃いラベンンダー色に変わっている。
道路の反対側の、自動販売機の灯かりだけが、妙に現実的で、俺はそれにすがることにする。
「直江、俺、コーヒー買ってくるわ。お前も飲むよな?」
ジーンズのポケットに小銭を探りながら、あいつに聞いたら・・・、
チャリッ という小銭の音に「さんきゅ」と、あいつの声が重なった。
夕陽はあと、頭のてっぺんだけを残し、静かに沈んでいく。
「寒かったら、車に戻っとけよ。」と、背中に声をかけておく。
道路を渡って、自販機の前。
あいつがとおく隔たった所にいるように感じて、急いで、缶コーヒーを買う。
缶がガチャンと落ちる音が、又、あいつを遠ざける。
缶コーヒーを持って、あいつに近づいたのに。
直江は相変わらず、そのままの姿勢で振り返ろうともしない。
少しの距離を残して、何故か俺は、それ以上に動けなくなる。
夕陽の欠片もなくなった空は、闇の色を濃くしていく。
ただ黒いだけになった海は、波音だけがやけに耳につく。
1分・・・・2分?
どれくらいそうしていたのだろう?
耐え切れなくなって、俺はあいつに声をかける。
「なに、見てるんだ?」 自分の声が風に揺れたような気がする。
わずかの間(ま)・・・・・・一瞬の焦燥感。
「なにも。」 直江は、まだ振り返らないまま、短い言葉を落とす。
「ん?」 声にならない俺の問い。
「なにもみてなかった。・・・・・・・・ただ・・・・」 少し掠れて聞こえるのは風のせいなのか?
「ただ?」 俺は、その先をうながす。
直江の顔を見たいと、切に思う自分を感じる。
「長秀の気配を感じていた。」 やっと、振り返った直江が俺をみつめて言った。
「・・・・・・・・・・」
何も言えなくて・・・・・・。
俺は、黙ったまま、缶コーヒーをあいつに突き出す。
あいつが、小さく「さんきゅ。」と言って受け取る。
一瞬、指先がふれあう。
(あぁ、直江だ) たったそれだけで、俺はその存在に安堵した。
「おまえなぁ、人にケツ向けて、勝手に気配なんて感じてンじゃねぇよ。」
やっと、俺のところにあいつが戻ってきた気がして、俺はいつもの俺に戻る。
「ケツってなぁ・・・・・・せめて哀愁のある背中と言ってくれ。」
あいつも、いつものあいつに戻る。
ふたりで、ほとんど同時にプルトップを開けて、『ぬくもり』を、喉に運ぶ。
潮の香とともに、コーヒーの香が、俺達をくるんでくれた。
飲み終えた缶を、堤防の上に置き、あいつが海を背にして堤防にもたれる。
俺は、又、あいつの横にすわる。
俺は静かに、直江の頬を指先でたどって、あいつと闇との境を確かめている。
「長秀?夕陽が沈んでしまってさ、暗い海を見ていたら、このままずっと闇が明けないのでは・・・
って思うことってないか?」
直江が、また、唐突に俺に聞く。
「さぁな?ただ、波の音が果てしなく続くのが、怖いと思うことは、あるな。」
なおも、直江の頬から首筋に指先をたどり続けながら、俺が答える。
「夜の海が好きで・・・・・・・そしてきらいだった。」
直江の声が、波音にかきけされそうになりながら、俺の耳に・・・・届いた。
《夜の海って、独りでそこに居続けることを、容易に許してくれる気がするんだ。》
いつか直江が言っていた言葉を、ぼんやりと思い出す。
いくばくかの沈黙の後、
「おまえの気配があったから、“信じることができそうだ”と思えた。」
直江が少し、はにかんだ声でそう言った。
意味がわからなくて、俺は首を傾げることで、どういうこと?と問う。
「長秀がいたら、太陽はあと数時間したら必ず戻ってくるって、信じることができる気がした。」
直江らしくない、たどたどしい言葉の紡ぎ方だ。
俺は、黙って、あいつの次の言葉を待つ。
「おまえが・・・・、長秀がいてくれたら、明けない闇を怖れなくても、大丈夫だって。
夕陽が沈んでも、明日になれば確実に陽が昇ってくるんだ、って、信じていける。」
そういった途端、耳の後ろで触れていた俺の指先が、あいつの体温が上がったのを感じた。
直江は、俺の好きないつもの穏やかな声で、さらに続ける。
「おまえの気配があるだけで、いや、おまえがいるって思えるだけで。
たとえ離れていても・・・・・・・。
俺は、闇なんて必ず明けるものだ、と信じていけるんだ。」
直江の言葉が途切れたその時、俺は、たまらず、あいつの頭を引き寄せた。
いつも高みをめざして、いつも前を向いて、人に弱みを見せないよう鎧をつけたままの、
そんなあいつが、今までそんな不安を押し隠していたのだと思うと、たまらなかった。
俺といることで、それがなくなるのだと、照れながら伝えてくれたあいつが、
愛しくて、とても愛しくてしかたなかった。
もっと、早くに「ずっと傍にいる。」 って、伝えてあげられればよかったのに・・・・・。
「なおえ・・・」 そっと、名前を呼んで、俺のほうを向かせる。
あいつが、斜め上に顔を仰向ける。
両手で顔をはさみこみ、触れるだけのキスを落として……。
あいつの顔が上気したのがわかる。
離れた唇の間をすり抜けた潮風を、もう冷たいとは思わなかった。
俺は、堤防から降りて、直江の正面に立つ。
ちゃんと目を見て話したいから。
ちゃんと、全部伝えたいから・・・・・。
「なぁ、直江。後ろにいる気配なんかじゃなくってさ、おまえの横じゃダメなのか?
それとか、こうして前で向き合ったりさ。
もちろん、後ろにもたれかかったりされても、俺はうれしい。」
俺は、真摯に想いを伝える。
直江は、俺の言葉をかみしめるように、唇を噛んで俺を見つめている。
「離れていても・・・・なんて言わないで、なるべく離れないでいよう とは、
思ってはくれないのか?」
こんなこと、照れて、ずっと言えなかったけど、今なら言える。
「俺だって同じなんだ。おまえの存在が、俺に明日を見せてくれる。
朝なんて来ないんだったら来ないでいい、とずっと思い続けてたのに・・・・。
今は、おまえがいるから、明日を考えることができる自分がいる。」
直江が、ハッと、俺を瞠る。
「俺もおまえもふたりともが、360度、前で横で後ろで、お互いの存在を感じ合って、
闇や不安や絶望なんかを、やっつけていければいい。
支えあおうなんて思わなくたっていい。
お互いに相手に必要と思われるだけの自分になれるように、しっかり生きていってさ・・・。」
俺は、一旦そこで言葉を区切り、力を吹き込むように、息をためて。
「でもな、直江?
お互いがそこに在ることで、歩みが強くなるのなら、もっとお互いを必要とし合わないか?」
どれくらいだろう、ただ俺を見続けていた直江が、深くうなずきながら、小さい声だったけれど、
ははっきりと俺に告げてくれた。
「ずっと、そうやって生きていきたいな。長秀といっしょに・・・・・。」
どちらからともなく、唇が近づく。
かすめるようなキスを、角度を変えて何度も繰り返す。
やがて、むさぼりあうような、深い、長いキスに変わる。
海風に冷えた体に熱をあたえるように、強く抱きしめ合いながら・・・・・。
車に戻って、あいつが助手席に潜み込む。
ドアを開けたことで灯った、車内ランプのほのかな灯かりのなかで、
あいつが照れくさそうにうつむきながら、小さく笑う。
俺も、つられて照れ笑いをする。
エンジンを掛けると、さっきまで流れていた音楽が又、流れはじめる。
俺達がいた堤防は、ただの闇になってしまったけれど、
さっきの時間は、きっと、ずっと残り続ける。
俺達ふたりの中で。
その部分だけ切り取られた映画のフィルムのように・・・・・・
そして、俺はひとり、企む。
そのフィルムに、これからのシーンも、付け足して保存したい・・・・と。
俺は、ハンドルを握り、車を発進させる。
前を向いたままで、あいつに言うんだ。
音楽、エンジン音、ヘッドライト・・・・・そういうごく日常の空間の中でしか言えない。
だって、まるでプロポーズのようで、“恥ずい” しサ・・・・。
ちょっと、勇気がいる。
だから、なんでもないように、できるだけさりげなく言いたかったんだ。
「なぁ、直江。俺達さ、いっしょに暮らさないか?
いっしょに明日を、朝陽を、思いながら、眠りにつけるなんて、いいと思わねぇ?」
俺は、運転に専念するフリをして、あいつを見ないようにする。
あいつがポツンと言葉を落とした。
「思わない・・・」
最悪の返事にあわてた俺が、思わずあいつの顔を見る。
あいつの端正な横顔が、俺のほうに向き直るのを、呆けたようにみている。
時間にしたら、1,2秒。
あいつが、とてもとてもきれいに笑いながら言った。
「・・・・訳ないだろう。」
ばっかやろう、心臓がばくばくいってんじゃん。
悔しい、悔しい。
人の一世一代の、大告白なのに。
あいつの右手が、シフトレバーを握ってる俺の左手に重ねられる。
あいつらしくない、行動。
なのに、言うことは
「そんな大事なことを、よそ見しながら言うからだ。」
と、いつもの、しれぇ とした言い方。
「脇見運転は禁止されてんだヨ。」 俺は、ふてくされながら言い返す。
「結局、脇見したくせにな……。」 なんて、憎まれ口をききながら、直江がくすくす笑っている。
俺は、それだけでうれしくなる。
付け足すフィルムは、どこまでにしようか?
(やっぱり、直江のきれいな笑顔付の返事までだよな)
なんて、考えていると、
直江が、はにかみながら、俺にきいた。
「どんな家がいいだろうな?長秀。」
うれしくって、うれしすぎて、言葉になんてできないけれど・・・。
直江を好きで、よかった。
直江のこと、ずっとずっと好きでいた自分自身を好きだ・・・と思えるなんて、
くすぐったくて、でもひどくやわらかな・・・・・・最高級の幸福感だ。
直江の手は、まだ重ねられたままだ。
その感触も体温までも、全て残らず、保存しよう。
このオレの、鼓動の速さもいっしょに――――――。
。。。。 End 。。。。
written by うみ
○ うみさまのコメント ○
おちゃらけ"うみ"にしたら、めずらしくちょっぴりシリアスな仕上がり?! だって、うみが同棲生活なんて書けないのですもの。 ということで、大ファンな駅馬さまのサイトに、あつかましくも、押しかけ女房させていただきました。
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○ コメント返し ○
うみさまから、素敵な千×直を頂きましたv うみさまのサイトオープン記念(?)として頂いた訳ですが、駅馬のヘボサイトには勿体無い位ですよね! ああ、ありがとうございます☆ はふ〜(溜息)、それにしても良いですねぇ(うっとり)。 お互いを想い合う二人の姿に、うっとりしちゃいますね♪ 何だか、駅馬んトコの二人と違って、素敵過ぎです〜。良いなぁ(苦笑)。 同棲生活、実にしてもらいたいものです!!(にやり) うみさま、是非、二人の同棲話を……って、ダメですか?(苦笑) うみさまなら大丈夫ですよぉv ……え? 駅馬? 駅馬のトコはダメですね(よそ見)。直江がボケボケだし……あはは。 それにしても、こんな素敵な小説の、どこが《お目汚しの駄文》なんですかぁ!? 素敵過ぎるじゃないですか!(断言) 今後も頑張って下さいませ☆ この度は、素敵な千×直をありがとうございました!!(感謝)
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