庵ちゃん、危機いっぱつ!   

                

 

駅馬 如

 

 

 

 

 庵は唖然として自分を見た。正確に表現するならば、自身の身に起こった事象を見極めようと、自身の身体(からだ)を見遣やったのだ。

「……な……」

 だが、あまりのことに彼の口からは何の言葉も出ては来ない。まるで、他の言葉を忘却の彼方へと置き忘れてしまったかの様に、意味を持つ言葉を発することができないのだ。

 彼の視線と―――そして意識とは、とある一点に集中していた。そこから目を離すことはできない。

 こんなモノは見たことが無い。―――否、正確をきすならば、『自分の身体(からだ)でこんなモノは見たことがない』と言うべきか。

 兎に角、これはあくまでも他人の身体(からだ)にあって然るべきモノであって自分の身体(からだ)には無い筈のものだ。と言うより、ある筈が無い。20年の間生きてきて、こんな経験はしたことがない。―――言わば、当たり前のことだ。

 そうか、これは夢か。

 庵は無理矢理そう思い込もうとした。そんな訳があるか、という気もしないでもなかったが、そうとでも思わなければ正気が保てないような気もしたのだ。

 常の彼ならば持ち合わせていただろう冷静さが、今はその面影すら見られない。それどころではなかったのだ。

 彼は、意を決して右手を伸ばす。そっと、力なく持ち上げられた

 確かな感触。手から伝わるその感触が、このことが現実であることを否が応無しに庵に伝えている。

 同様の行動を、再度、繰り返す。再び掌に蘇る、本来ある筈のない感触―――。

「…………っ!!!!」

 その時、他に誰も存在しない室内に、庵の声にならない悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 庵は行動に出た。兎に角 何かをしていなければ精神の安定が図れない、というのも正直なところだが、彼は元々、思い立ったら即 行動に移すタイプでもあったのだ。

 ―――確かここで間違っていない筈だ。

 都心に建つ高級感の漂うマンションの、綺麗に赤塗りされた扉を眺める。部屋番号は503号。間違いはない。

 願わくは、彼の元に 【奴】 ――庵の頭痛の種――がいないことだ。

 何となく縋るような思いで、だが決して表情には出さず、庵はインターフォンへ手を伸ばした。

 数秒後、のんびりとした声が返る。名を告げると、「ちょっと待ってね〜」と、またしても酷くのんびりとした声で応える。

 厳かな音と共に錠が外された。庵は暫し躊躇した後、ドアノブに手をかけると静かに開いた。

 すぐ前に、この家の主(あるじ)がいた。本人にはそのつもりはないのだろうが、確実に驚いている。―――恐らくは、今まで自らこの部屋を訪れたことがなくこれからもないだろうと思っていた相手の突然の来訪に、少なからず驚きを隠せないのだろう。つまり、庵である。

 それは判るが、だからと言ってこのまま『回れ右』をする訳にもいかない。事態は急を要するのだ―――少なくとも庵にとっては。

 彼はそのままの―――ドアを開いたままの格好で、口を開いた。

「二階堂、折り入って話があるのだが……」

 それは、常の彼と何ら変わらぬ感情を感じさせない声であり、含まれているであろう感情(もの)を、感じ取らせることのないものであった。

 う〜ん、これから出掛けるトコなんだけどなぁ、と紅丸は思い、無意識にも呟いていたようだ。小さなその声を聞きとめた庵が、僅かに表情を動かした―――ように、少なくとも紅丸には感じられた。

「俺に? 珍しいね―――良いよ、ホラ、上がって」

 だが、取り敢えず、紅丸は彼の話を聞くことにする。別にそこまで急ぎの用でもなく、その上、何故だか庵の様子が気になったのだ。

 何が違う、ということではない。「どこが?」と問われたならば確かな答えは返せないだろう。そんな小さな変化。《それ》が一体何であるのかは分からないが、紅丸には、今の庵をそのまま帰すのは良策ではないように思われた。だから、彼の話を聞いてみようと思ったのだ。

 

 

 

 部屋の中に通された庵は僅かに目を瞠った。紅丸の普段の姿形や立ち居振る舞いからして彼の普段の生活ぶりが窺えなくもなかったのだが、その部屋を実際に目にして、やはり少々驚いてしまった。

 全体的に高級感に溢れている。その一言に尽きる。庵自身の部屋には必要最低限の物しかおいていないから、余計にそう感じるのかもしれない。

 広いリビングには所狭しと、高額なものと思われる家具が並べられている。中でも特に目を引くのは、リビングの壁にそって置かれているピアノである。これは意外だ。

「何? 何か珍しい物でもあった?」

「……いや」

 僅かに笑いを含んだ声をキッチンからかけられ、庵は少々バツが悪そうに答えた。

 他人に部屋の中をまじまじと眺められて良い気がする人間もいない。そのことに気づいたのだろう庵の声に、やはり何かあったのだろうか、と思う。

 ―――ま、そうでもなきゃ、俺んトコには来ないわな。

 庵に気づかれないように僅かに肩を竦め、彼の前まで歩いて来る。

「じゃ、座ってよ」

 広いリビングに、でんっ! と陣取っているローソファ――恐らくはこれもかなりの高額な代物だろう――を指し、持って来た2人分のコーヒーカップをテーブルに置く。庵も素直にそのまま腰を下ろした。

 庵の方から相談――彼自身はそうとは口にせずとも、別の所用であるとは思えない――に来たのだから当然といえば当然であるが、おとなしい彼の様子に微かな違和感を感じる。

 自分も庵の向かい側に座ると、改めて目の前の人物を眺める。

 相変わらず真っ赤な髪、整った顔、すんなりとした体躯。

 ……あれ?

 何となく―――何となくではあるが、見遣った彼の姿に違和感が拭えない。部分的なパーツに対してのものではない。全体的に、である。

 何だろう……。

 自分の姿を何気なく窺っている紅丸に気づくこともなく、庵は視線を泳がしていた。何とはなしに落ち着かない様子。

 どう切り出すべきか暫し考えたが、このままでは埒が明かない。

 テーブルの上のコーヒーを一口だけ食いに含むと、紅丸はおもむろに口を開いた。

「それで? 俺に折り入って相談っていうのは?」

 庵からすれば、一度も【相談】という表現を使ったつもりはない。「相談とは言っていない」と言おうかという気持ちが一瞬 頭を擡げたが、しかしよく考えてみれば、状況としては相談以外の何者でもないため、訂正するのをやめた。

「……実は……」

 その一言だけで止まってしまう。

 自分のこの状況について、話をできるのは紅丸しかおらず、そのつもりでここへ来た。彼に告げるのは問題ない筈だ―――庵自身の羞恥心のことを考えないのならば。

 それに何より、【アレ】に知られるのだけは何としても避けたい。

 庵が色々と考えを巡らせている間に、少なくとも5分間は過ぎていたが、紅丸は急かさなかった。こういう時は、自分のペースでゆっくりと語ってもらう方が良い。

「……まずいことになった」

 更に3分程が過ぎた後、おもむろに庵が口を開いた。

「―――は?」

 形の良い細い眉を苦々しくひそめて告げる彼に、紅丸は聞き返す。

 『まずい』とは何のことなのか。

「……貞操の危機だ」

「誰の?」

「―――俺の、だ」

「……どゆこと?」

「…………」

 再び黙り込んだかとも思ったが、そうではなかった。

 庵は少し俯くと、意を決したかのように顔を上げた。そしてゆっくりと、シャツのボタンを上から外し始めた―――。

 

 

.

 

 

 

 

to be continued..

 

 

 

 

 

● コメントと言う名の言い訳 ●

 

 

 ぎゃ〜〜〜っ!! 普通こんなトコで終わる!? ……すみません、続きます……いえ、続いてしまいますです……(汗)。しかも、なんなんでしょうコレ・・・京×庵と銘打ってるクセに(←?)、京の「きょ」の字も出てきませんね・・・(死)。あああ、ごめんなさい〜〜〜っ!(涙) これからは《嘘つき駅馬》と呼んでやって下さい(泣)。

 駅馬・初の京×庵小説が、こんなんで良いものか……(遠い目)。しかも、これまでの作品と違い、シリアスではない、ですねぇ(汗)。駅馬も、自分自身でも、このギャップに苦笑いしか出てきませんですよ、あはははは(それは空笑い)。

 そうそう。庵の身に何が起きたかなんて、モロバレだとは思いますが、今はまだ、皆さんの胸のなかにそっと仕舞っておいて下さいませね?(笑) その内(←っていつだ)出てきますから。この第一話は、要は序章みたいなものですから。徐々に伏線が明かされて―――いく筈です(筈ってアンタ)。

 ちなみに、庵、ラストに突然ボタンなんか外し始めてますけど、別にストリップ始めた訳じゃないですよ?(笑)(←当たり前じゃ!)

 

 ではでは、この話のご意見・ご感想等は、トップのメルフォやBBS等で、是非是非お聞かせ下さいませ☆駅馬、それだけが楽しみですので……。ではでは☆

 

  

 

 

 

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