庵ちゃん、危機いっぱつ! 2
駅馬如
一体何を始めたのか。 突然の行動に、自分を凝視する紅丸の視線を感じてはいたが、やめる訳にはいかなかった。彼には知ってもらわなければならない。 白く傷痕一つすらない、綺麗な肌が露になる。―――しかし。 「……え?」 紅丸の視線が一点で止まる。 そこには―――庵の胸にはさらしが巻かれていた。所有者の肌と同じく、真っ白なさらしが。 凝視していた紅丸の心拍数が上がる。いきなり鳴り出した鼓動をうっとうしく思いながらも視線を外せなかった。 ―――やっと意味が分かった。合点がいった。 今日庵を初めて見た時からずっと感じてた違和感。その正体。 必死でその胸から視線を外すと、彼の表情を見る。苦虫を噛み潰したような表情(かお)をしていた。そしてもう一度庵の胸元を見、視線を巡らして全身を見た。 ―――成る程。確かに危機……かもしれない。 今日の庵は、いつもの彼に比べると少し小柄に見える。全体的に、である。それに、よく考えてみると、声も僅かにではあるが高いかもしれない。 何故今まで気づかなかったのか。 つくづく、人間の先入観とは恐ろしいものである。【庵】がいつも通りであるという、言わば当たり前の思い込みのために、よく考えてみれば分かるような違いにも気づかなかったのだ。 今の今まで気づかなかった紅丸を誰が責められようか。庵も、だからこそ彼を攻めるきなど毛頭ない。それどころか、今まで気づかないでいてくれた彼に安堵したくらいなのだ。 その【変化】は庵にとって、自分でも認められない―――というか認めたくないものだったのだから。 いつもより小さな身体(からだ)、いつもより高い声、そして胸元のさらし……。 状況は判った。だが、判ったのはあくまでも【状況】であって、その意味や経緯(いきさつ)ではない。 未だに激しく鳴り続く鼓動を庵に気づかれないように無視し、顔を上げる。 「……一体……どういうコト?」 「…………」 表情を窺うと、まだ苦虫を噛み潰したかのような表情(かお)をしている。しかも、2〜3匹を一度に。 それまで開けたままであった胸元を、視線を逸らしたまま直す。 一番上までボタンを全て止め終わると―――よく考えてみるとこれもいつもの彼からは考えられない―――、庵は視線を紅丸に戻し、静かに口を開いた。
「―――成る程、ね……そういうコト」 そう言うと紅丸は、一旦、ローソファに深く腰をかけ直した。 事の経緯(いきさつ)を語る庵の声は淡々としてたが、その声からは彼の動揺が滲み出している―――ような気がした。 流石の庵もこの状況に対処しきれていないらしい。―――もっとも、それも当然のことだと思う。こんなコトに驚きもせずに対処できる人間がいたら、是非お目にかかってみたいものだ。普通ならパニックに陥ってもおかしくはないだろう。 かく言う紅丸も、初めは驚きもしたが、なにぶん自分の身に振りかかった問題ではないことと、普段は冷静な庵が動揺している(らしい)ことの反動でか、当の本人よりかは幾分か冷静になれるようだ。 「いお……いや、八神ちゃんが俺んトコに来た理由が判ったよ」 「……貴様以外には考えられんのでな」 厳かに笑いを含んだ紅丸の声に、やはり淡々と答える。 いつもと変わらない、一見ふてぶてしいともとれる態度―――だがしかし、やはりいつもの覇気らしき存在(もの)が感じられない。 庵が紅丸を相談相手に選んだ理由―――実に単純で明快だ。 庵のこの状況において、彼が最も避けるべき―――避けたい―――要因と紅丸との関係を考えれば、相談相手は誰よりも彼が相応しいのだ。というか、彼以外に考えられない。 自分を頼ってくれたことに、素直に嬉しさを感じる。何しろ相手は『あの』八神庵なのである。決して他人(じぶん)に相談するなど考えられなかった―――少なくとも、出会ったばかりの頃では。 今では、相談してくれる程の関係を築くことができた、ということか。 途端に、何とも言えない感情が心に広がる。温かい、優しい感情(もの)。 自分の目の前で、現状に困りきっている(であろう)大理の赤い髪をぐりぐりしてたりたくなって―――数瞬の戸惑いの跡、実行した。 「……なっ、何をする……っ!」 驚いた庵は咄嗟に紅丸の手を払いのける。その顔は、髪と同じく真っ赤に染まっていた。 【怒った時の迫力】云々というより、その赤い顔は可愛らしさを倍増させるだけだ。 そう言ってやりたくなった―――が、今度はやめておいた。ただでさえとんでもない状況に陥っていて、あからさまには表情に表れていないとはいえ動揺している庵を、これ以上煩わせたら可哀相だ。 紅丸は庵に気づかれない程度で、ふ、と苦笑した。 「別に何でもないよ? ……それより八神ちゃん、こんなコトになって驚いてるのは分かるけど、少し興味とかない? 楽しみとか」 笑顔で話す紅丸を赤い顔のままじっと睨んでいた庵は、ふいっと顔ごと視線を横にずらした。こちらを見ないが、頬がまだうっすらと染まったままなのがよく見える。それがまた紅丸の笑みを誘っていることに、庵は気づかない。 「―――ならば、【こうなった自分】を想像してみるがいい」 「そ……そうなった自分……?」 着ている、首周りの緩いTシャツを引っ張り、その中を覗き込む。そして想像してみた。 「……う……」 自分の身体(からだ)にアレが……そう考えてみると、そのあまりの奇妙さに眩暈がした。 はっきり言って、【アレ】は好きだ。願わくは何度でもお目にかかりたい。そして紅丸は、実際に何度でもその機会に恵まれていたし、今後も恵まれているだろう。 しかし―――それを好きと思えるのも、あくまでもあれが他人(ひと)のものであって、他人の身体(からだ)にあった場合に限るのだ。間違っても、自分の身体になどあって良いものではない。 「解ったか」 自分の身体から視線を上げると、何となく呆れたような表情で庵がこちらを見ていた。 「あはは……そうだなぁ、確かに……」 前髪を掻き分けながら苦笑いをする。 この状況に対する庵の困惑はよく解った。確かに困る。いや、嫌だ。 自分でさえそう思うのだ、庵の困惑は如何ばかりだろう。ましてや、彼の置かれている環境が特異すぎる。自分とは違うのだ。それは、【八神家】のことだけに留まらず、他にも厄介な要因がある。 ちら、と庵を窺い見ると、「そうだろう」と呟いてテーブルのカップに手を伸ばしていた。 庵はおもむろにコーヒーを口にし、紅丸はそれを眺めている。何とはなしに流れる沈黙。 庵にはこの状況が不思議だった。自分が他人を前にして、コーヒーを飲みながら和んでいるとは。 ―――和んでいる? 彼はふと、自分の思考に違和感を感じた。 違う。自分は何も、こうして紅丸とゆったりと和みに来たのではあらじ、あくまでも、自分に突然振りかかったこの状況を何とか打開(?)するべく、ここへ来たのだ。 庵は紅丸に対して会話を進めるため、がばっと顔を上げ、紅丸は紅丸でそんな雰囲気を察したにか、何となく彷徨わせていた視線を庵へと戻した。 お互いが口を開きかけたその時―――。 ドンドンッ。高級マンションにはおおよそ相応しくないような乱暴な音が、室内に響く。 2人の間の空気に、嫌な、予感めいたものが漂った。嫌でも一人の男の面影が脳裏をよぎる。 間違いであって欲しい。瞬時の差もなく、2人同時にそう願った。しかし―――哀しいかな、世の中はそうそううまくいくものではない。更に鳴り響く音と共にかけられた声に、2人の希望はあっけなく崩れ去った。 「お〜い、紅丸ぅ! いるんだろ〜!? 京様が遊びに来てやったぞー。開けろ〜っ」 その瞬間、庵と紅丸の2人は固まった。庵はコーヒーカップを手にしたままで、紅丸は庵を凝視したままの格好で、ぴくりとも動かない。―――否、動けない。
身動きすらしない2人を他所に、更に扉を叩く音が、無常にも響き渡っていた……。
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to be continued.....
● コメントと言う名の言い訳 ● |
……うぅ(冷汗)。又しても、予告が嘘っぱちになってしまった……(汗)。「彼氏の登場予定」って、確かに書きましたよね、駅馬……(汗)。……登場してるっていやぁ、してないこともないかもしれないけど、こんなんダメじゃん!(←分かってるんならそんなん書くな)。 いや、もぉ、こうなったら次回に乞うご期待!(笑) ……嘘です(早っ)。期待できるよーな小説、駅馬には書けません……(泣)。誰か、【きゃ〜っでわ〜っでぎゃ〜っな小説】(何じゃそりゃ)の書き方、教えて下さい……(マジ)。 でも、まぁ、本人は楽しんで書いてますけどね(笑)。書くのも京×庵も好きだし(←まだこれは京×庵だと言い張る駅馬…(死))。それに、又しても続いてるし……(死)。
ところで。この【庵ちゃん、危機いっぱつ!】ですが、2までできた時点で、駅馬にとって驚くべき(?)事件が勃発しまして……。 2までを読んだ友人(←ちなみに庵総受女。特に紅×庵好き)が、突如、のたまいました。「ちょっとコレ、紅×庵じゃん!v」 ……正に【目から鱗】。もしくは【顎が抜けて机に激突】状態。そのセリフ聞いた途端、トリップしちゃいましたよ、駅馬!(笑) だって駅馬、そんなつもりで書いてなくて、純粋な京×庵(?)のつもりで書いてたんだもん。 皆様、どう思われます?(笑) コレ、やっぱ紅×庵に見えます? まぁ、友人は「あくまでも今の所(←つまり2まで)は」って強調して言ってましたけど。是非是非、ご意見聞かせて下さいませ!! 駅馬自身、実のところ紅×庵も好きだし、庵がモテてるのが大好きだから、皆様の意見(?)によっては、今度どうなるかしら……ってカンジ(笑)。 …あ、この小説は、ちゃ〜んと京×庵ですよ? 問題(?)は、今後ですよ、うふふふふ…(不気味)。
取り敢えず、次回は京様大暴れ!……の予定。でも、何しろ書くの駅馬だからなぁ…(←当たり前)。 【嘘っぱち駅馬】だから、どーなるんだか……(汗)。 次回予告をすると、何だか自分の首を自ら締めてるみたいだけど(苦笑)、でも、頑張ります。 だって、こぉ〜〜んなオイシイ状況(←オイシイですよね!/笑)を、京様が見て見ぬふりなんてするワケがないですからね!(爆) 次回こそ、京様、大暴れですよ!(←だから自分の首締めるだけだって……)。
と、言う訳で、ご意見・ご感想。お待ちしてま〜す! 是非是非、駅馬に愛(?)のメルフォorBBSへの書き込みを……! (あ、さっきの紅×庵云々のコトに関しても募集中で〜す♪)
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