庵ちゃん、危機いっぱつ! 3
駅馬 如
何故あいつが此処(ここ)に―――? それが、二人の共通した思いだった。 時刻は、まだ、午後の2時を僅かばかり過ぎた頃である。庵が自分のマンションの部屋を出る前に時計を見たら、1時45分だったのだ、15分弱で着くこの紅丸のマンションまで来たのだから、それは間違いない筈である。 通常、高校生はまだ授業に励んでいる時間である。例え、もう20歳であるにも関わらず未だ高校生である、あの非常識な男であっても、高校生である限り、こんな場所にいる筈がない。しかもこんな時間に。 だが、あくまでも相手はあの草薙京である。一般常識を当てはめてみても、こちらが馬鹿を見るだけである。 よく考えてみれば、京との長居付き合い――それがどんなものであっても――により、紅丸はそのことを嫌という程身に沁(し)みている筈だった―――そこまで思い至ったところで、紅丸は果てしない思考の流れをそこで止めた。 何故ならば、そんなことを考えていも事態は何も好転はしないのだ。それどころか、ともすれば逆に悪化してしまう。 ―――……。 実のところ数秒の間ではあったが二人にしてみれば数時間とも思えるような時間が過ぎ、先に動き出したのは紅丸だった。 ちら、と視線を前にやると、庵はまだ固まったままであった。紅丸はそんな庵の手を取り、がばぁっっと立ち上がる。それに伴って、止まっていた庵の時間も流れ出す。 「……なっ、何……」 何だ、と言おうとしたがその言葉を妨げるように紅丸が言葉を紡ぐ。 「取り敢えず、隠れて、庵ちゃん」 言い終わるや否や、彼は庵の手を引いたまま、ずかずかと廊下を早足で――と言うか走って――進んで行く。 いつもの庵であるならば、形の良い眉を顰めるか思い切り不快な表情で、「何故俺が草薙相手に逃げ隠れせねばならんのだ!」とでも言ったところだろう。今の時点でその台詞が出ないのは、事態の思わぬ展開に対応できていないことと、不本意ながら紅丸の勢いに押されているのだろう。それだけでも、彼の驚愕が窺がい知れるというものである。 まぁ、庵ちゃんの今の状況とアレとの関係を思えば、彼の動揺も仕方がないよな〜、などと、紅丸は一人どこか冷静に考えていた。 ……ちょっと待て。どこへ行くんだ。 抵抗と言える抵抗もせず――或いはできず――、手を引かれながら庵は思った。紅丸は、玄関とは反対側に向かって進んでいる。 非常に嫌な予感がする。庵がもう一度口を開きかけたその時、紅丸は《とある扉》に手をかけて、徐(おもむろ)に開けた。 「おい、ちょっと待て二階堂……っ」 「いいから早く!」 紅丸はそのまま、その扉の中へ庵の身体を突き飛ばした。突然のとこに抵抗も出来ずに倒れ込んだ彼が、自分に向かってか何かを言っていたような気がしたが、構っている場合ではない。ことは一刻を争う。 庵の声だけでなく、続けて何かの音がしたような気もしないでもないのだが、兎にも角にも、それどころではない。 彼は、力いっぱい押し込まれた物体の行く末を見届けることなく、開けた時と同じく、性急にそのままその扉を閉めた。 取り敢えず、暫らくはこれで何とかなるだろう。問題の根本的な解決には程遠いが、自分の家での一騒動は避けたい。 庵ちゃんは兎も角、あの京が何もしない訳がないからなぁ……。 考えただけでも頭が痛くなる。できることなら外でやって欲しいものだ。何しろ、二人共が炎を使うのだから。誰であっても、自分の家を燃やされて嬉しい筈がない。そもそも、彼らには前科があるのだ。 ホッと溜息をつきながらそんなことを考えていると、再び玄関を叩く音と声が聞こえてきた。 「お〜い、紅丸ぅ。おいって!」 はっ!っと現状に気づくと、紅丸は急いで玄関先まで走った。庵を隠したところで、原因をほったらかしたのでは意味がない。 ここに庵が居ることを『彼』が知っている筈がないのだが、変に勘ぐられる前に早く出なければならない。何が原因でことが発覚してしまうか解かったものではないのだ。何せ、相手はあの《天上天下唯我独尊男》なのだ。 「あ〜、はいはい」 極力いつも通りに言いながらも、心もち慎重に玄関のドアを開ける。―――開ける前に庵の履いて来た靴を咄嗟に隠すことを忘れなかったとは、自分は案外落ち着いているのかもしれない。 果たして、急いで開けたドアの外には―――。 今の紅丸と庵の二人にとっての悪夢の元凶が、意地の悪さを目一杯に出して笑っていた。 「何だよー、いるんなら早く開けろよな〜」 「……お前ね、もう少し静かにできないの?」 「いいじゃないか、んなこたぁ」 言いながら、京はずかずかと中へ入っていく。 その遠慮のなさを、だが紅丸は敢えて咎(とが)めない。どうせ止めても無駄であるし、それどころか、止めたりしたらそれこそ何を勘ぐられるか解かったものではないのだ。京相手に、余計なことはしない方が良い。それ位のことは、経験の中から学べることである―――と、少なくとも紅丸はそう思っている。 取り敢えず玄関を閉め、紅丸は京の後から部屋に入る。 招かれざる訪問者――庵にとっては正に襲撃者――は、たった今まで紅丸と庵が居たリビングに入るなり、その歩みを止めた。 「……ふ〜ん」 リビング内を見ていた視線を一度紅丸へと向け、再びリビングへと戻す。 京のその意味あり気な行動に、紅丸は落ち着かないものを感じた。 先程までの自分は、庵と二人で話をしていただけで、何もいかがわしいことも疚(やま)しいこともしていない。 自分がこんなことを気にする必要はないのだと解かってはいるが、この目の前の男の庵への執着の強さを思うと、できればこのまま何事もなくことが済んで欲しいと願わずにはいられない。 「どーも、出て来るまでにやたら時間がかかると思ったら、やーっぱり女連れ込んでたな、ベニー?」 「………な」 突然のその台詞と内容に、紅丸は一瞬、事態の重要性を忘れて、「お前じゃあるまいし」と返しそうになった。だがしかし、そんな彼に現状を確認させたのは、京の次の行動だった。 にやにやと嫌な笑みを浮かべる京は、そのまま歩き出した。 その足の向かう先は―――。 「ちょ・ちょっと京―――!」 「お前も間が抜けてるよな〜。カップ、二人分、置きっ放しだぜぇ?」 その瞬間、紅丸の顔が固まった。 本体――勿論庵自身である――と玄関の靴を隠したところで、カップを片付けていないようでは、本末転倒もいいところだ。 突然の京の来訪――二人、特に庵にとっては正に襲撃に等しい――に、自分は思ったより冷静に対処できていると思っていたが、案外焦っていたようだ。 激しい後悔に苛(さいな)まれている彼を他所(よそ)に、京の足は目的地に着く。 それに気づいたこの家の主が制止を口にする前に、京の手は浴室のドアを開けた。 開かれた浴室を目にした京は―――言葉もなく、ドアの取っ手を掴んだまま固まっている。 あちゃぁ〜、見つかっちゃったよ、と京に聞こえない程小さく呟き、紅丸は左手で前髪を掻き上げながら溜息を漏らした。 「……な……」 来た。激震の波動を予感し、内心で紅丸は身構える。 「何っでここに庵が居るんだよ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 どうなることかと様子を窺っている紅丸に背を向けたまま、京は浴室の内から目を離さずに叫ぶ。紅丸の想像を裏切らない大音響が室内に響き渡る。 しかし、その叫びに、紅丸は一瞬「……え?」と思う。 庵がここにいる、ということに対する京の驚きは当然のことであるため、予想通りの叫びではあるが、何かが足りない。京は、《庵がここにいること》についてしか言っていないのだ。 ―――今の庵ちゃんの現状に気づかないのだろうか? あの京が? 何となく釈然としないまま、彼は突っ立ったままの京の背後から浴室を覗き込む。 果たして、そこには―――。 「―――え……?」 蓋が3/4ほど開けられた浴槽の中に、半ば腰から浸(つ)かったような格好で庵がいた。殆(ほとん)ど全身が濡れてしまっている。 その庵は、入り口に立ったままの京と傍(かたわ)らから覗き込んでいる紅丸の二人に、見るとはなしに瞳を向けていた。見ようによっては、呆然としているようにも見える。 「………………」 僅かに長い前髪に隠れて、庵の表情は窺い知ることはできない。 あの庵が言葉をなくしている(かもしれない)というのは、相当に珍しいことであるのだが、そのことにも気づけない程、他の二人も別のことに気を取られていた。そして庵も、自分自身の思考に捕らわれていた。 京は《何故庵が、ここ――紅丸の家――にいるのか》ということに。そして紅丸は、《庵の今の身体(からだ)の状態》に―――。
しどけなく湿った赤く彩られた庵の髪から、静かに一滴(ひとしずく)の流れができ、僅かな音を立てて水面に弧を描いた……。 |
to be continued.....
● コメントと言う名の言い訳 ● |
おおお・お待たせしました〜!(←極一部の方に……/苦笑) 問題の京×庵小説・第3段です♪ それにしても、あああ……お待たせした割に、かなり中途半端でごめんなさいです〜(泣)。「何故に、またしてもこんなトコで終わる……?(怒)」って感じですよね〜……(あせあせ)。 理由(と書いて「言い訳」と読む/死)は、一重に駅馬の体調絶不調です……。ええ、駅馬の体調さえ普通(?)だったら、もうちょっとマシなもんになった――かもしれません……(自身ない)。 予告通り、彼氏(注:言わずもがなの京ですね)は、確かに登場しました。……でも! これだけ……?(死) ぅわぁぁぁ……ごめんなさぁ〜〜〜〜いっ!!(焦) ホントは……と言うより、本気でもっと長くなるハズだったんです! けどでも!! ……駅馬の体がついてこれなかったんですぅ〜(泣き笑い)。これ以上長くしようとすると、アップがも〜〜っと遅くなってしまうという、魔のトライアングルに……!(意味不明) この後の展開とかも、しっかり考えてあるんです。で、今回だけで、もっともっと続くハズだったんに、駅馬のアホが! 駅馬のアホがぁぁ……っ(錯乱)。 ここで皆様(←って言っても極少ない方々でしょうね……/苦笑)にお約束します! 駅馬はこの続きを、早めに書きます! ええ、なるだけ早くに! ……とか言って、この《庵ちゃん、危機いっぱつ!》の2と3の間は、かなりあいてるような気がしないでもないような……(よそ見)。 とととともかく! 駅馬は頑張ります〜。……なるべく……(ぼそ)。 ↑ 後日談:現在、更新休止中です(死)。す…すみません(涙)。
それから。この小説(一応小説のつもり/汗)の庵、紅丸にどこぞの部屋(何か嫌な表現だな)に押し込まれたりしちゃってますが、「こんなん庵ちゃうわ〜〜〜!(怒)」等のご意見、常時受け付けてますんで、メルフォ等で、どうぞ遠慮なく駅馬までご連絡下さい。勿論、BBSでも可で〜す☆
それでは。この連載小説(←うっわ、遂に開き直った/死)の、次の回でお逢い……できると、良い、なぁ、な〜んて……(超弱気)。
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