♦omocha no Eshi♦






 むかし、昔。今から遠い昔のこと。
 それは、とある煉瓦造りの家の暖炉部屋。窓際の背の低い本棚の上に、錫(すず)で出来た兵隊さんの人形が十体、列を組んで飾られていました。
 その兵隊さん……日本で言えば衛士でしょうか。その衛士人形達は、この家の主人が錫製のフォークとナイフとスプーンセットを溶かして、人形職人に新たに作らせたものでした。
 赤い制服に黒い帽子、サーベルを腰に差した見事な出で立ちに、髪の色や目の色、表情などもそれぞれ違っていて、一体一体が味わい深い作りになっています。
 けれど十体の人形のうち、一番左端の人形。この衛士だけは、黒い帽子を被っていませんでした。
 十体目の最後の人形は、帽子を作る分の錫が足りなくなってしまったのです。
 その衛士は、薄茶の髪に鳶色の瞳をしていました。端整な口元には優しげな笑みを湛えています。
 鳶色の瞳の衛士は、いつもいつも窓の方向をじっと見つめていました。
 窓際には立派なお城の置物が置かれています。そして城の手前には、紙で出来た美しい王子様の人形が一体、衛士と向き合うようにして置かれていました。
 鳶色の瞳の衛士は、来る日も来る日も、王子様を見つめていました。
 衛士は恋をしていました。美しい王子様と恋人同士になれたなら、どんなに素晴らしいだろうと思いながらも、なかなか話しかけることができずにただ闇雲に見つめているだけの生活が何日も続いていました。
 そしてある日、ついに衛士は勇気を出して、黒髪の美しい王子様に話しかけてみることにしたのです。
 衛士は城の手前まで来て、ドキドキしながら王子様に挨拶しました。
 こんにちは、王子様。私と少しお話をしてくださいませんか。
 王子様は、衛士を見つめながらかすかに微笑を浮かべています。
 その様子にホッとした衛士が、もう一度話しかけようとした、その時です。
 いきなりお城の側にあったビックリ箱の蓋が開き、なんと、中から恐ろしい形相をした悪魔が衛士に向かって飛び出してきたのです!
 悪魔はひるむ衛士にこう言い放ちました。
 この王子は第六天魔王が贄。貴様のような衛士ごときにはくれてやらぬわ!
 そう叫ぶやいなや、悪魔は衛士に襲いかかってきます。
 衛士はすぐさまサーベルをシュリンッと抜き放ち、王子様を背に庇いながら応戦しました。
 王子様、下がっていてください!ここは私に任せて!
 叫び、悪魔の攻撃をかわしながら、衛士は悪魔の腕に向かってサーベルで斬りつけます。
 おのれこしゃくな……!
 悪魔は恐ろしげな表情を浮かべ、衛士に右腕を差し出しました。
 破魂波!!
 悪魔の叫びと共に衛士は不思議な力に吹き飛ばされ、窓を突き破って外へと投げ出されてしまいました。
 うわあああっ!
 カランッ。コロンッ。
 衛士は石畳の上を数度跳ねて、道端に放り出されました。
 カツ、カツ、コツ、コツ、タッタッタッタ、カッカッカッ。
 雑踏が衛士の側を通り過ぎて行きます。女性や男性。お年寄りや子供。様々な人間の靴が衛士の横を歩いていきました。
 誰も小さな衛士に気付きません。何分経っても、何時間経っても、衛士は誰の目に止まることもなく、道端に放り出されたままでした。
 衛士は石畳の上に横になりながら、遥か空の高みにある窓枠を見つめて、絶望に胸が閉ざされていきました。
 ああ、もう二度と……あの人のそばに行くことはできないんだな……。
 そう思い、どうしてもっと早く、あの人に話しかけておかなかったのだろう。どうしてあれっぽっちの勇気を、すぐに持つことができなかったのだろうかと、衛士は何度も後悔に打ちひしがれたのでした。
 けれど、たとえもう少し早く王子様に話かけることができたのだとしても、結局はあの悪魔に同じように妨害されてしまったに違いないのです。
 衛士は遠い窓のうちの王子様に思いを馳せながら、静かに、石畳の上に横たわり続けました。
 やがて、無数の雨が衛士の身体に降り注ぎました。衛士は泥だらけになりながら、ただただ一途に、遥か高みの窓を見つめ続けていました。
 冷たい雨に打たれながらも、衛士は挫けませんでした。衛士は絶望の底から這い上がり、心に誓いを立てました。必ずもう一度、あの家の中に戻ってみせる。そうしてあの悪魔を倒し、今度こそあの人に想いを打ち明けるのだ。






 夜になり、朝が来て、……外に放り出されてからもう何時間が過ぎた頃でしょう。突然衛士の上に、大きな影が覆いかぶさってきたのです。
「なんだー?この人形。きったねーのぉ〜」
 見れば、小さな子供が衛士をもの珍しげに見下ろしています。
 衛士は喜びました。助かった、これであの家に帰れるかもしれない!
 喜ぶ衛士を、子供は鷲掴んで胸の上に持ち上げました。
 子供は彼の顔を覗きこみ、その薄汚れた身体に眉をしかめながら、隣にいたもう一人の子供の方に差し出して見せました。
「どーする?この人形」
「ちょーどいいや。この船に乗せて川に流しちまおうぜ」
 子供達はそう言い合うと、キャッキャと嬉しげな声を上げながら近くのどぶ川の側に走り寄りました。
 子供は新聞紙で出来た船の上に衛士を乗せて、どぶ川の流れの上に船を置きます。
「行くぞー。よーい、ドン!」
 衛士を乗せた船は、どぶ川の急流に放たれました。
「いっけーっ!」
 子供たちのはやし声の中、衛士はズンズン下流の方に流されていきます。
 普段は穏やかな流れの川ですが、昨日の雨のせいで水嵩が増して、もの凄い速さで船は川を下っていきます。
 衛士は再び悲嘆にくれました。やっと帰れるかもしれないと思ったのに、それどころかドンドンあの煉瓦造りの家から遠ざかってしまっています。けれど今はそれどころではありません。流れの急な川はとにかく揺れが激しく、彼は船から振り落とされぬよう必死になりました。
 やがて船はどぶ板の下に吸い込まれていきました。どぶ板の下は薄暗く、あちこちに蜘蛛の巣が張っていて、その上を八本足の大きな蜘蛛がうじゃうじゃと這いずっています。
 衛士は警戒しながら闇の中を縫って行きました。すると突然、ガクンッと一瞬揺られて船が動きを止めてしまったのです。
 驚いて前を見ると、目の前にどす黒い身体をした不気味な生物が現れました。この巨大な生物が船のヘリを前足で掴んだのが急停止の原因でした。
 あまりの恐ろしげな姿に、衛士は恐怖に身をおののかせました。
 不気味な生物は彼の顔をじろじろと眺めながら、こう言い放ちました。
 ここは私の領域だ。なんびとも立ち入ることは許さない。船を引き返せ。
 しかし衛士にはこの船を操って急流を引き返すことなど到底無理です。 
 衛士は思案に暮れました。言うことを聞かなければただでは済まないでしょう。だからと言って、無抵抗のままこんなところで倒れるつもりはサラサラありません。
 衛士はあの家に戻らなければならないのです。そうしてもう一度あの王子様と再会するためならば、彼はどんなことだって出来るような気がしました。
 衛士は意を決し、じりじりと間合いを取り始めます。
 悪いが通させてもらう!
 そう叫ぶやいなや、サーベルを抜刀し不気味な生物の前足に斬りつけました。
 ぎゃああああっ!
 けたたましい呻き声と共に生物が前足を船から離し、それと同時に船は急流に乗って川をもの凄い勢いで下り始めました。
 待てええええっ!
 後方から、負傷した生物が凄まじい形相で追ってきます。
 衛士は天に祈りました。頼む。俺をここから逃がしてくれ!俺にはやらねばならないことが残されているんだ……!
 そうする間にもドンドン船に生物が近づいてきます。あと三歩……あと二歩……あと一歩の所で船に前足が届いてしまう……!
 その時。
 ピカッ!
 突如前方から光が差込んできました。どぶ板の出口が見えたのです。
 助かった……!
 背後の不気味な生物は光に目をやられてそこから動けなくなってしまいました。
 衛士は安堵のあまり崩れ落ちそうになりました。良かった。これでもう一安心だ。
 ところがその安堵は長くは続きませんでした。どぶ板から抜け出た瞬間、今度こそ彼は絶望に目の前が真っ暗になりました。
 どぶ板から出たすぐ先にはなんと、大きな滝が出来ていたのです。あんな所におちたら、こんな新聞紙の船などひとたまりもありません。
 衛士は逃げる間もなく、船もろともゴォゴォとうねりを上げる滝つぼに落とされていきました。
 うわああああああああっ!
 衛士の叫びは滝つぼの奥深くに吸い込まれ、水底へと沈み、そのまま意識は闇の中に埋もれてしまいました。






 次に衛士が意識を取り戻した時、彼は薄暗く、そして狭い部屋の中に閉じ込められていました。
 ここはどこだろうと、周りを見回しました。壁に手を触れると何やらフニフニと柔らかく、そして生温かい感触がしました。
 しかしこれだけではここがどこであるのか見当もつきません。衛士は必死になって部屋の中を見回しましたが、出口も見つかりませんでした。唯一見つかったのは、小さな穴が二つで、とてもここから脱出できそうにありません。
 暫く部屋の中を探していましたが、衛士はとうとう諦めてしまいました。
 とうとう俺の人生も終わりか……。結局、あの家に戻ることは出来なかったのだな……。
 衛士はそう呟いて、眼をゆっくりと瞑りました。今度こそ、もう二度と王子様に会うことは適わないのです。
 衛士は後悔しました。どうして自分はあの時彼に声をかけてしまったのだろう。あまりにも分不相応だということは分かりきっていたのに。だからこそ長い間声をかけられずにいたのに。
 自分みたいな出来損ないが、彼に振り向いてもらえるわけがないではないか。あのまま大人しくしていれば、今も、いつまでも彼を見つめ続けていられたのに……。
 衛士の両目から、悲しみのあまり涙がすべり落ちました。
 今まで、王子様に早く声をかけなかったことを後悔したことはあっても、勇気を出して声をかけたこと自体を悔いたことなど一度もなかったのに。
 彼は、そう……、ひどく疲れてしまっていたのです。
 そうして衛士は鳶色の瞳を瞼で閉ざして、身を横たえ、哀しみを胸に、再び意識を手放しました。
 






 衛士は夢を見ていました。お城の中にいる夢でした。
 お城の広間では、華やかな舞踏会が繰り広げられていました。
 美しい娘や貴婦人たちが、煌びやかなドレスに身を包み、ストリングスの演奏に合わせて貴公子達と優雅なダンスを踊っています。
 その中にあの王子様もいました。王様やお妃様らしき二人と談笑する王子様は、濃緑の礼装を着こなして、そこにいる誰よりも輝いていました。娘たちはその美しさにウットリと溜息をつき、王子様の人柄の素晴らしさを口々に讃え合っていました。
 その中で、衛士は広間の壁の隅に一人、ひっそりと佇んでいました。
 見回せば、衛士は他にも九人、広間の壁に配置されています。仲間達は一様に赤い制服の胸を張って、誇らしげに舞踏会の警備に勤めていました。
 仲間達の頭の上には、黒くて立派な帽子が被さっています。ところが自分にだけは、帽子がないのです。
 衛士は鳶色の瞳を細めました。自分は出来損ないなのだ。仲間達の中でも最後尾のはみ出し物。あの人とは違うんだ……。
 衛士は壁に力なく寄りかかりながら、王子様を遠くから見つめ続けました。
 やがて音楽が変わりました。お付きの者が王子様に近寄り、娘たちの誰かにダンスの申し込みをするよう耳打ちしたようです。
 王子様はゆっくり頷くと、広間を歩き始めました。娘たちは、王子様はいったいどなたに申し込まれるのかしら、と、そわそわ落ち着かなげにささめき合っています。
 一同が静かに見守る中、王子様は衛士の近くの方へとやってきました。衛士の手前には、それはそれは可愛らしい娘が佇んでいます。王子様はこの娘に申し込まれるおつもりだと、衛士は確信し、そして苦く笑いました。
 王子様とこの娘はとてもお似合いでした。分かっていたことなのです。初めから、勝負になどなるわけがないことを……。
 その時、広間の一同が俄かに騒ぎ始めました。間違いなくその娘に申し込まれるのだろうと思われた王子様が、娘の横を通りすぎてしまったのです。娘も驚いた表情で背後を振り返りました。なにしろその娘の後ろにはもう誰も娘はいないのです。いるのは、そう、ただ一人……。
 衛士は、信じられぬ思いで両眼を瞬かせました。いったい何が起こっているのか、脳が上手く理解しようとしません。
 混乱する衛士の目の前で、王子様がそっと立ち止まり、ゆっくりと右手を差し出しました。

「オレと、踊っていただけませんか」

 そう言って、少し照れくさそうに浮かべたその微笑は、衛士が初めて王子様に声をかけたとき、彼が浮かべた微笑そのものだったのです。
 衛士は茫然となりながらも、そろそろと手を伸ばし、王子様の右手を取りました。

「喜んで……」

 衛士の答えに、王子様は顔を俯かせました。頬と耳元が少し、赤くなっています。
 王子様は衛士の手を握ると、顔を見ずにぐいぐい引っ張りながら、広間の中央へと衛士を連れて行きました。
 広間の中央で、二人は互いに一礼すると、手と手を結び合いダンスのポーズをとり始めます。
 そうしてゆっくりと音楽に合わせ、身体を動かし出しました。
 王子様は衛士の顔を見ませんでした。俯いて、目線を合わせようとしません。けれど踊りだしてから少し経つと、だんだん顔を上げていき、目線をこちらに向けてくれるようになりました。目が合った瞬間に衛士がニコリと微笑むと、王子様はムッとしたように衛士を睨んで、目元を赤く染めていたのでした。
 もはや周りのことは何も気になりませんでした。きっと自分のような者が王子様のお相手だなんて、あまりにも不釣合いすぎて、広間中で物笑いの種になっているのだろうけれど。
 今はそんなことよりも、王子様と共に過ごせるこの時間が愛惜しくて、かけがえがなく大切で……。
 他には何もいらないと、そう思えるほど、衛士にとって信じられないぐらい幸せなひとときだったのです……。


 






 次に目が覚めた時、衛士の目の前に、これ以上ないほどよく知る人間の顔がありました。
「まあっ!なんて不思議なことなのっ!」
 素っ頓狂な声が眼前で上がると、まどろみから抜け出すか抜け出さぬかのうちに、衛士の身体はその女性の手に鷲掴まれて、女性の顔の前に掲げられていました。
 女性の顔を知覚した瞬間、衛士は驚愕のあまり言葉がありませんでした。この女性こそが、この数日間衛士が恋焦がれ続けた、あの煉瓦造りの家の住人だったのです。
「なんて不思議なことでしょう!数日前からどこかに無くなってしまった人形が、今朝買ってきたお魚の、はらわたの中にあっただなんて!」
 女性の叫びに衛士は再び仰天しました。なんと、自分は魚のはらわたの中から出てきたのだと言うのです!
 衛士が下を見下ろすと、確かにそこには、まな板の上で包丁によって腹をザックリ切られた魚が横たわっていました。
 それではあの、狭くて薄暗くて生温かくて、フニフニした感触のものは、魚の胃袋だったのです。衛士は滝つぼに飲み込まれてしまった後に、魚に食べられてしまったのでした。
 そうしてその魚が漁師に釣られ、魚屋に売られ、そしてそれを買った人間があの煉瓦造りの家の住人だっただなんて、なんという不思議でしょう。これはもはや、神さまが自分を哀れに思い、この家に導いてくださったとしか考えられません。
 自分はこの家に再び戻る運命だったのです。そうしてあの人と、……王子様と再会を果たせるという、星めぐりのもとに生まれてきたのです!
 家の住人は汚れてしまった衛士の身体を綺麗に洗い、衛士は元のピカピカの姿に戻ることができました。
 そうして衛士は、暖炉の部屋の窓際、背の低い本棚の上の、九体の錫人形達の一番左に、やっと、……やっと帰ることができたのです。
 衛士は本棚の上に着くや否や、すぐさまお城の近くに行って、この数日間脳裏に描き続けていた姿そのままの、美しい黒髪の王子様の元へと参じました。
 衛士は王子様に、この数日間の武勇伝を余すことなく語り尽くしました。窓の外に放り出されて、絶対にここに戻ってみせると心に誓ったこと。子供に拾われて、船に乗せられ川に流されたこと。どぶ板の下で、巨大で不気味な生物に襲われかけたこと。滝つぼに落ちたこと。魚に食べられて、意識を失っていた間に見たあの夢についても、衛士は包み隠さず話しました。
 それまでのスリル溢れる冒険譚に目を輝かせて聞いていた王子様も、舞踏会で二人がダンスを踊ったという話になると、あの夢の中と同じように、王子様は少し顔を俯かせて、頬と耳元を赤く染めながら、ふーん、そう……。と素っ気無く呟いていました。
 すべてを話し終えると、衛士は王子様に改めて向き直りました。
 衛士が、ここに戻ることができたなら必ず果たそうと、絶対に伝えようと心に決めていた言葉を、自分の想いを、今こそ王子様に向けて告白する時がきたのです。
 あなたに、お伝えしたいことがあるんです……。
 なに、と。こちらに向けられた王子様の瞳を、衛士は真摯な瞳で見つめ返しました。
 王子様……私は、あなたのことを……。
 その時です。
 今まで音沙汰のなかったビックリ箱が、勢い良く蓋を開けて、悪魔が再び衛士の前に現れたのです……!
 くくくっ。性懲りも無く舞い戻ってきおったか、衛士め。だがこの王子は我が贄。貴様になどにくれはせぬわ!
 あの時と同じように、悪魔の右手に邪悪な光芒がみるみるうちに宿り始めます。ですがこちらとて同じ手にやられはしません。衛士はすかさずサーベルを抜き放ち、飛びがかりざま悪魔の右腕を斬り落としました。
 ぐおおおおおっ!おのれ衛士めえええっ!!
 激痛で半狂乱になった悪魔は、がむしゃらに全身を振り回しました。鋭い爪が空を薙ぎ、本棚や壁に深い傷を付けていきます。
 衛士は繰り出される猛攻を横っ飛びにかわしていきましたが、その反対側。悪魔の攻撃を、衛士の反対側にいた王子様はわずかによけられません……!
 危ないッ、王子様ッ!!
 ズバァッ!
 危機一髪で王子様の身体に覆い被さった衛士は、悪魔の爪に錫の肩を鋭く抉られてしまいました!
 うあああああっ!!
 激痛に喘ぐ衛士の絶叫が轟きました。その様子を悪魔が邪悪な嗤いを口元に湛えながら見下ろしているのです。
 ふ……てこずらせおって、たかが衛士の分際で。……だがこれで終わりだ。我が破魂の力……受けてみるがいいッ!
 悪魔の左腕に、新たな波動が宿り始めました。光芒はうねりを孕み、悪しき力が全てを覆い尽くさんと生まれ出ずります。
 悪魔は左手の平を衛士に向けました。そして……!
 破魂波ああああッ!!
 放たれた力は衛士に直撃し、空を舞い、遥か後方の部屋の暖炉まで衛士の身体を弾き飛ばしました。
 壁に激突した衛士は、燃え盛る暖炉の炎の中に転げ落ちます。
 衛士の身体は炎の高熱に巻かれ、撫でられ、じょじょに身体が溶け出していきました。錫の身体は融点が低く、衛士のすべてが溶け落ちてしまうのも時間の問題です。
 衛士は赤い炎に包まれながら、本棚の上に遥かに見える、中世のお城の置物と、そこに佇む愛しい人を見つめ続けました。
 ああ……これで、今度こそ最後だ……。
 長い旅の末に、とうとう衛士の人生に終焉が訪れるのです。
 けれど、不思議と哀しみの念は沸き起こってきません。
 自分はこれで終わるのだとしても、あの時、王子様に勇気を出して話しかけたことを、もう二度と後悔などしません。
 様々な困難を経て、たとえ短い間でも、王子様と楽しくお話し、二人で笑いあえたあのかけがえのない時間を、後悔などするわけもないのですから。
 最後まで、想いを伝えることはできなかったけれど、結ばれることはかなわなかったけれど、自分はこれからもずっと変わらず、王子様を愛し続けていくから。ドロドロに溶けて、無くなってしまっても。この想いだけは、きっと消えることなどないのだから……。
 さようなら、王子様……。さようなら……。
 炎が、衛士の身体を溶かしていきます。衛士のまとう、赤い制服が剥がれ落ちて、下の銀色が見え始めました。
 本棚の上の王子様は、その様子を黙って見ていることしか出来ません。
 目をそらすことなく、ひたすら衛士の身体が熱で溶けていく姿を、その黒い双眼に焼き付けていました。ただひたすら。
 二人は言葉もなく見つめあいながら、やがて訪れる終わりの時を、静かに待ち続けていました。






 その時です。
 突如として凄まじい突風が吹き荒れ、叩きつけられる風に窓の鍵が外れて、部屋の中に季節外れの強風が吹き込みました。
 強風は王子様の身体にも激しく叩きつけられて、紙で出来た人形は風の強さに耐えきれず、舞うようにして宙に投げ出されてしまいました。
 そのまま人形は風に乗って、部屋の後方の暖炉の中へと落ちていきます。
 王子様は、衛士の隣へと舞い降りました。衛士はあまりの出来事に言葉もありません。
 王子様……!
 王子様は哀しげな微笑を浮かべると、衛士のドロドロに溶けた身体に寄り添いました。
 さっきの続き……言ってくれないか……?
 そう呟く間にも、王子様の紙の身体は炎に焼かれてどす黒く焦げていきます。衛士は涙を流しながら叫びました。
 あなたを愛しています!もうずっと前から、ずっと……!あなたのことだけを見てきたんです……!
 王子様は衛士の言葉に、今度こそ素直に、嬉しそうに微笑みながら、
 ああ……オレも、ずっとおまえを見ていたよ……。
 そう言って、熱で溶け落ちていく衛士の身体を抱きしめました。
 王子様の身体は、見る見る間に灰燼と化していき、燃え落ちた灰は衛士の錫と混ざり合い、溶け込んでいきます。
 王子……様……っ。
 衛士は涙を振り絞り、残り少ない王子様の愛しい身体に、初めて手を触れました。
 二人は互いが互いを抱きしめあいました。一つも残さず、溶け合えるように。

 一緒に焼かれてしまおう……。
 現世で一緒になれないのならば、共に焼かれて、一つに混ざり合ってしまおう。
 そうすればいつでも二人でいられる。離れ離れになることもなく、失うことも、終わりを恐れることも、置いていかれる恐怖に打ちひしがれることも、何も無い……。
 同じ炎に抱かれて、同じ夢を見よう。もう、怖いことなど一つもない。
 オレたちは、もう、永遠に離れないのだから……。


 やがて、王子様の身体が、炎に抱かれて燃え尽きていきました。そうして後を追いかけるように、王子様の灰を包み込むようにして、衛士の身体もドロドロの錫となって、溶け尽きてしまいました。
 
 そうして錫と灰とは一つになりました。
 二人は、今、ようやく結ばれたのです。
 一つになった二つの魂は、赤く燃え盛る炎の中に、いつまでも埋もれ続けていました……。


                    ♦



 次の朝、燃え尽きた暖炉の灰の中から、一つの小さな錫のかたまりが見つかりました。
 その錫のかたまりは、不思議なことに、ハートの形をしていたのだとか。
 衛士の王子様を想う心が、錫をハートに変えたのかもしれません。
 そのハートの錫は、住人に美しく磨き上げられて、今でも煉瓦造りの家の暖炉の部屋、窓際の背の低い本棚の上に、大切に飾られているのだそうです……。



                   omocha no
Eshi............♦fin♦



       オレと、踊っていただけませんか



♦atogaki♦




受験終了後、初の執筆小説でした。いかがでしたか?
この話を書こうと思ったのはですね。あれは2月13日のお昼頃のこと、昨日すべり止めのつもりで受けた大学が落ちていたもので、不貞腐れまくっていた私は、2日後にまた試験だというのに何をするでも無くゴロゴロとテレビを見ていたのです。
そしたらなんとなくかけておいたスカパーのチャンネルにて、「世界むかしばなし」なる70年代ぐらいのふっるーいアニメが始まりまして、なんじゃこりゃーと思いながら見ていたら、その日の話はアンデルセンの「すずの兵隊」というお話だったのでした。
そうして大した感慨も無くヌボーッと内容を見続けていたわけですが、途中で「あぁ、これって『おもちゃの兵隊』じゃんねぇ。そーいや大昔に絵本で読んだことあるわ。でも内容全然覚えてないなぁ…」とか思いながら見ていたら、最後の最後に兵隊さんが暖炉の火に焼かれながら、「僕は君を永遠に忘れないよ……!」とか言い始めたあたりでなんだか胸が痛くなりはじめ、二人で焼かれ始めて兵隊さんが「一緒に焼かれよう……」なんて言った瞬間にボロボロ泣き出してしまい、「うおおお!なんてーええ話書くんだアンデルセン!」などと叫びながら、瞬時にこれでミラパロを書くことが私の中で決定されたのでした。
今までどうしてこの話でミラパロが書かれなかったのか疑問です。アンデルセン童話だと人魚姫のパロディはよく目にしますけど、こっちの方が絶対良い話だと思います!それとも私が読んだことがないだけですか?
先ほども書きましたが、最初にこの話を読んだのは幼稚園の頃なんですが、結末の悲惨さであまり好きになれなかったんですよねぇ。しかし今読むと、こう、無性に感慨深いものが……(涙)。

内容については、なにせ半年も小説書いてないものですから最初リハビリのつもりで書き始めたんですが、書いてるうちにあの童話語り文という文体が凄まじく難しいという事実に気付くも時既に遅し。しかも登場人物の名前を一切出さないという荒業。ちょっと無謀な試みでした(汗)。
原作をちゃんと調べようと思ったんですけど、なかなか見つからなくて。しょうがないのでこの前見たアニメを思い出しながら好き勝手書いてしまいました。
あと原作では衛士さん片足なんですけど、ビジュアル的に想像しにくいなぁと思ったので。あのデカ帽子被ってるNってのもどうかなぁと思い(笑)。
衛士は一応バッキンガム宮殿の衛兵がモデルなんですが……良い資料が見つからないのでかなり適当です。ヘボい絵でスミマセン。本物の衛士はもっと絶対ステキです。(おもちゃだけど)
……にしても一近衛兵がこんなカッコイイ衣装でどうするんでしょうね。王子様よりよっぽどハデになってしまったので、王子様の衣装をもっとピラピラレースに羽根付き帽子にパフスリーブにカボチャパンツに白タイツにでもすれば良かったと今激しく後悔中です(爆)。
最大の謎は人形が何故動くかってことですが、原作だとそこら辺の説明があるんでしょうか。むしろ動けるなら歩いて家に帰れよなとか言ってはダメです。破魂波ってただ吹っ飛ばすだけじゃんって言うのもダメです(笑)。
あそこまで動かす必要も無かったような気もしますが、だって、サーベルで戦う衛士が書きたかったんだもの♥(←結局こんなん)

さて、「おもちゃの兵隊」ミラパロ、お楽しみ戴けましたか?
またいつかこういう童話系も書いてみたいです。しかもマイナー路線で。アンデルセンなら他には親指姫とか……?やめといた方がいいな、あんな性悪女の話(爆)。
それでは、宜しかったらご感想一言でも良いので書きこんでやってください!


                        ♦written 2004/2/29♦



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