『艦長、右手前方に現在手配中の船を発見しました』 一仕事を終えて、本部のあるスペースセンターへ戻っている時、自室で休んでいた直江の元に緊急の連絡が入った。 あまり広くはない部屋の中に届いてくる声に、脱いでいた上着に手を伸ばしてすばやく袖を通すと、机の上に乗っていたインカムを片手にすぐに部屋を後にする。 この艦の司令室でもあり、操縦室でもある艦橋に足早に向かいながら、直江は手にしたインカムを通して船に停止命令を出すように伝えた。手配されているような船が命令を出したぐらいで泊るとは思っていないが、何事にも順序があり、そして、それに反抗する理由も見当たらない。 艦長室から艦橋への廊下は、いつものように人がいない。好んで上官ばかりが集まるような廊下に下の人間は来ないものなのだろう。人のいない廊下を早歩きで通り、それから艦橋へと入る。 ドアを開けた途端に目の前に広がる宇宙空間も今では見慣れたものとなっていた。 前面に大きく取られた窓。その両脇には窓からは見えない後方などカメラによって映し出された映像を映し出す大画面がある。それらのものに沿う様にしてモニターとパネルが並び、その前を人間が忙しく動き回る。この部屋に随時いる人数は五人だ。五人いればこの船の航海に支障は出ない。しかし、緊急連絡が入ったためか今この部屋にはさらに数がいるようだった。 彼らは扉から入ってきたのが艦長である直江信綱と分かるとその場で敬礼し、それから再び自分たちの仕事に戻っていく。その中を直江は操舵長の元へと歩みを進めた。 「泊ったか?」 「いえ。そのそぶりも見せません。それにこの船の大きさではおそらく追いついて捕まえるのは至難の業かと」 そう答える操舵長の声は悔しそうだ。 その声にポンと肩をたたき、直江は左側の画面に映し出されている船へと目を向けた。 「手配番号は?」 「B-423です」 「B・・・海賊の船、か」 手配番号にはそれぞれどのような理由で追われているのか分かるようになっている。 かつて人類が地球の上でのみ活動していた時に存在した海賊達は黒い旗を掲げていたという。その海賊旗つまり、“black flag”から来て、海賊の手配記号はBとなっているのだ。 目の前を飛ぶ船が海賊船だと分かり、直江は前方を睨みつけたまま腕を組んだ。艦橋にいる人間が全員直江の指示を待つために次の言葉を待つ。目が離せる者は厳しい顔をして立つ直江を見遣っている。 緊張した空気が流れ、やがて直江が腕を組んだことでその流れが変わった。 「・・・深追いするのは止めておこう。どうせここで追いかけてもこの船だけではどうにもならない。もう一度、停船勧告を出して、それでもとまらなければ、追いかけるふりをして姿をくらませ」 下した決断に迷いの色はなくその命令が覆ることがないと分かると、船員達は追えない事に対して一瞬だけ悔しそうに顔を歪めた。しかし、海賊船を単独で深追いすれば、一個艦隊ほどの大群の元へと導かれ、その結果船ごと乗っ取られることも多い。そうなっては救い様がない。だから直江の下した決断は間違ってはおらず、そのことも分かっているからその場にいた部下達はすぐに「アイアイサー」と、声を上げた。 『前方の船に告ぐ。こちらは宇宙連合警察、すみやかに速度を落とし、泊りなさい。繰り返す・・・』 こちらからの通信を受け取っておきながら泊る様子のない船に再び告げようとした時、管制官の声が不自然に止まった。 「どうした?」 「あの、B-423の方から逆に通信が入りました。こちらからの通信網を遡ってきたようです。繋ぎましょうか?」 追いかけていたらこちらからの通信を逆に使って通信をしてくるというその行為に何となく嫌な予感を覚えながらも直江は頷く。 「繋げ」 凛とした声が響くと同時に両側にある画面が切り替わった。どうやら映像も送ってきたらしい。それまで前を飛ぶ船を映し出していた画面が消えるとそこには宇宙の色を髣髴させるような漆黒の髪と瞳を持った青年が現れた。現れたその青年に直江は眉を寄せる。 しかし、そんな直江に頓着せず、青年はヨッと片手を上げて見せた。追われているにもかかわらずそんな様子はちらとも見せない。 「直江、久しぶりだな。まさかこんなところで逢えるとは思ってなかったから、嬉しいぜ。直江も見てるんだろ?」 嬉しそうに訊ねてくる青年に直江はますます顔をしかめ、艦橋にいる船員達は恐る恐る直江の方を見遣る。明かに青筋を立ている上官に事情を知る者達は僅かに同情の色を瞳ににじませた。 「この船、手配までされてたんだなぁ。どおりで値がいいと思ったぜ。まぁ、そのおかげで直江に逢えたんだから、文句は言えねーけどな。そうだ直江、まだオレのとこに来る気になんねぇ?」 直江側の事情など気にも留めずに堂々と警察官を勧誘する声を無視して、直江はインカムを口元に寄せた。 「高耶さん。いつから海賊に仲間入りしたですか?」 口調こそ丁寧だが、その声は明かに怒りを含んでいる。 もちろん、海賊に身を落としたかもしれない高耶を心配して怒っているわけではない。どこで会っても調子よく己の立場を考えずに声を掛けてくる高耶にいらついているのだ。 「海賊?あぁ、この船は仕事で預かってるだけでオレが海賊になったわけじゃねーよ。それより、直江、そっちも映像送ってくれねぇか?どうせなら大画面でテレビ電話にしようぜ」 追うものと追われるもの。 その認識の完全に欠落した言葉だ。どうしてこうも、付き纏われるのか理由が分からない。いや、分からないと言うのは理解できないと言う意味で、だ。理由ならばいやというほど聞かされている。最後にこんなにも自分に付き纏う理由であろう言葉を必ず残していくのだ。そして、その言葉は少なからず直江を不快にし、意味の把握できないものを植え込んでいく。 「あっと、そろそろ通信に気を配ってられなさそうだな。前方に敵さん発見♪直江、早くここを去ってしまった方がいい。あいつ等しつこいからなぁ。今度は同じ船でゆっくりと逢おうぜ」 楽しそうにそれだけまくし立て、それから青年―高耶―は顔を真剣なものに改める。その顔を見て、直江はまたか、眉の角度をさらに上げた。 そして、 「直江、好きだ」 広い艦橋に響く真摯な声と、大画面に映し出される真面目な表情。 出会った当初から告げられる告白。 しかし、その告白は、先に述べたように決して直江の心に届くことはなかった。形のいい眉を歪めたまま直江は画面の中の高耶を睨みつける。 「冗談は休み休み言ってください」 直江の毎度の言葉に高耶は特に傷ついた風もなく軽く笑って流すと、じゃぁなという挨拶と共に通信が切れ、さらにそれを告げる音声が流れる。その声に続いて、管制官が様子をうかがうように遠慮しながら直江の声を掛けてきた。 「通信が切られましたが・・・」 どうしますかと聞いてくる。 しかし、どうすると言っても、こちらから再び通信を繋げる理由はなく、今までの経験から言っても高耶がああ言った以上、ここに長居するのは無駄だ。無駄どころか、逆にこの艦に乗っている人間を危険に晒すことになるだろう。その事はこの場にいる多くの者がすでに認知していることで、後必要なのはそれを命ずる艦長の声だけだ。 それを分かっているから直江は苦渋を顔に乗せたままで撤退命令を下す。 その声を受けて、いっせいにあわただしく操舵手たちが動き始めた。管制官はその由を艦内に告げる放送を流す。そんな様子を見守っていた直江の横に、直江と同様に特に何も起きなければ艦を動かすと言うことにおいてはやることのない副艦長である色部がやってきた。 「あそこまできっぱりと景虎の言葉を信じてやらないと逆に向こうが可哀想だな」 何処か楽しげにそう言ってくる色部に直江は顔をしかめた。 「あんなものをどうやって信じろと言うのですか。大体、私は彼を捕まえる者であって、そんな感情など生まれるのがおかしいではありませんか」 「そうか?」 「そうです。分かってますよ。色部さんは私の頭が堅いと言いたいのでしょう。それは自分でも十分に分かってますが、それとこれとは別です」 直江はそう言い切るが、そう言い切るところが頭が固いといわれる所以なのだとは、気が付いていないようだ。そんな上官に色部は子供でも見守るように深い笑み浮かべる。 「まぁ、そう言うことにしておこうか」 色部の言葉に直江は再び憮然としたものを顔に浮かべたが、それ以上は何も言わず、すでに高耶を乗せた船が映し出されていない宇宙空間を睨みつけたのだった。 時は宇宙歴1054年。後に宇宙航海時代と名付けられるこの時代。 人類が宇宙での生活をはじめてすでに千年以上の月日が経ち、宇宙での職業も多岐に渡っていた。 宇宙での犯罪を取り締まり、秩序を守る宇宙警察。 宇宙船を必要とするあらゆる仕事を請け負う何でも屋。 これはそんな職業についている二人の物語である。 to be continued... |
★納多直刃コメント★ 「翼〜WING〜」様の翔華さんから頂きました、 「宇宙恋愛狂詩曲」です! 凄いですっ。未来モノです。しかもスペースです! 納多にはこんなお話、一生かかっても書けそうもありませんよ。 さてさて、続きが気になりますよね〜?(出し惜しみ) 2002/10/21 ご感想はBBSか「翼〜WING〜」様にてどうぞ♪ |