「機械」と対話する−吉田戦車「一生懸命機械」−


小学館刊



(「東海大学新聞」、1999年1月20日号掲載)


一九九〇年代前半に、いわゆる不条理マンガ「伝染るんです」 で脚光を浴びた吉田戦車は、ギャグマンガに新境地を開いたマ ンガ家である。「伝染るんです」が、分かる人には分かるが、 分からない人にはさっぱりわからないという「感覚的マンガ」 であったのに対して、近作の「一生懸命機械」は誰にでも楽し める面白い「発想マンガ」になっている。前作の「伝染るんで す」でも、かわうそやカブトムシといった動物たちが人間たち のごく親しい仲間としてコミカルに描かれるその発想の面白さ があったけれども、この近作ではついに作者は「機械」とも仲 間になり、話ができるようになったらしい。「機械」というと、 私たちは一見厳めしく冷たい感じのする物体というイメージを 持ちがちであるが、ここに登場する「機械」たちは、擬人化さ れ、人間以上に人間らしい心をもった親しい存在であり、時に 優しく、時に厳しく人間たちの手助けをしてくれる仲間であり、 涙ぐましいほどに「一所懸命」なのである。 かつてSF作家、アイザック・アシモフはロボット三原則の 中で「ロボットは人間に危害を加えてはならない」と言ったけ れども、これをもじって作者は「機械の三原則」の第一条に、 「機械は、自分の機能の発揮を怠ってはならない。その時、 場合によっては人間に遠慮してはならない。」という。ここに 登場する「機械」たちは、当然ながら人間たちにいいように利 用され、利用価値がなくなると壊されたり、捨てられたりして も文句一つ言わない優しい哀れな存在である。そんな「機械」 たちの人間に寄せる必死な思いを童話的な絵にしたところに、 このマンガのユニークな発想の面白さがある。そして「機械」 たちの人間に寄せる優しい思いは、同時に作者が「機械」たち に寄せる優しい思いの投影であることも付け加えておかなけれ ばならない。さらに付言すれば、もし次に「一生懸命機械」を 再開することがあれば、今度は「機械」たちの人間に対する怒 りや哀しみをも描いてもらいたいものである。アメリカの数学 者、N・ウィーナーが「サイバネテックス」の中で強調してい るように、今後ますます重要になってくる「人間と機械とのコ ミュニケーション」のあり方を考える上で、寓話的に一つのヒ ントを与えてくれる面白い作品である。「大人の童話」として 一読に値する。


E-mail:moon@wing.ncc.u-tokai.ac.jp



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