吉田 秋生 |
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「YASHA 夜叉」 |
主人公・有末静は、母親・比佐子との沖縄の離島で平和な生活を送って
いた。12歳のある日、突然現れた謎の男たちに母親を殺され、誘拐されて
から、一転ドラマは科学サスペンスへと急展開する。静少年を誘拐したのは、
アメリカのバイオ産業ネオ・ジェネシス社で、静少年こそ、実はジェネシス社
が優秀な人間を人為的に創り出すために実験的に「神経細胞成長因子」を組み
込んだ受精卵から生まれた子供だったのだ。
静少年は、ジェネシス社の監視のもとノーベル化学賞受賞者のライアン博士
の指導で驚異的な才能を伸ばし、18歳で博士号をもつ優れたウイルス研究者
となり、日本に帰ることになるが、そこにはもう一人の「静少年」、つまり一
卵性双生児の「凛」とその父親で製薬会社社長の雨宮協一郎が待ち受けていて、
恐るべき未来計画に「静」を巻き込もうとしていた。
その計画とは、高齢者に感染率と死亡率の高いある種のウイルスを利用して
「増える一方の老人医療費や介護・福祉関係の“むだ金”を減らす」ことから
始まって、「将来的には人類の量と質をコントロールする」というものである。
「静」は、そうした恐るべき陰謀を知って、巨大な権力であるジェネシス社
とも双子の弟「凛」とも対決する道を選んだ。そのため様々な危険が襲ってく
る。吉田秋生が、バイオテクノロジーの「生命操作」の危険性を念頭に、サス
ペンス・ストーリーとして意欲的に取り組むこの作品は、また一つの傑作を生
む予感がする。今後、物語はどのように展開し、どのような和解の方法があり
うるのか、興味は尽きない。
尚、タイトルの「夜叉」とは、「容姿が醜怪で猛悪なインドの鬼神、のちに
仏法に帰依して毘沙門天の従者として北方を守護する。薬叉とも書く。」
(福武国語辞典より)
「毘沙門天」とは、四天王の一つで、怒りの形相で仏法を守護する。我が国
では七福神の一つ。多聞天とも言う。主人公が「夜叉」なのか、それとも主人
公が対決する「凛」が「夜叉」なのか? あるいはまた、「人類の量と質をコン
トロールしよう」という恐るべき「生命操作」の企みそのものが「夜叉」とイ
メージされているのか、作者の意図が今のところ不明である。