浜岡 賢次「浦安鉄筋家族」


―濃密な人間関係を可能にする空間ー


ギャグ・マンガはストーリー・マンガと並んでマンガ作品の主流をなすものであるが、 大衆の支持を得た人気作品となると、ストーリー・マンガほど多くはない。それだけギャ グ・マンガは作者の表現技法とアイデアの力量が要求されるとも言える。これまで成功し た代表的な作品と言えば、古くは赤塚不二夫の「おそ松くん」であり、永井豪の「ハレン チ学園」であり、さらには谷口ヤスジのナンセンス・マンガであり、山上たつひこの「が きデカ」である。近くは、いしいひさいちの「がんばれ、タブチくん」、秋本治の「こち 亀」などが挙げられるが、これらの傑作ギャグ・マンガに共通している最大の特徴は、現 実のなかに奇想天外な非現実を巻き起こすことによって笑いを創り出すという点にある。 この非現実は、日常の常識的な行動や道徳の破壊であったり、体制や権力に対する抵抗 や批判であったり、欲望実現の空想であったり、人間の弱点や欠陥や醜さへの共感的誇大 表現であったり、と様々である。これらは、ギャグ・マンガの特権とも言える。 ここに紹介する浜岡賢次の「浦安鉄筋家族」も、そうした正統的なギャグ・マンガの系 譜に連なるもので、若い人たちを中心に長期にわたって人気を維持している作品の一つで ある。この作品の特徴は、何といってもそこに登場する多彩な人物たちの人間関係とその 特異な行動とにあり、「浦安」という都会と田舎の入り交じった下町の住環境の人間らし さにある。主人公大沢木小鉄の一家6人をはじめ、超貧乏人やデブに問題娘などの友人に ブル−ス・リー似の変な教師、動物王国の松五郎や売れないマンガ家の隣人たち、さらに 何故か浦安に出没するプロレスラーや霊能者は、実在の有名人のパロディであり、彼らが 入れ替わり立ち返り主役を演じて奇想天外な騒ぎを巻き起こす。数えれば、恐らく三十人 は下らない多様な人物たち、そしてそれをきちんと描き分けている作者の画力も素晴らし い。    ここでは、親と子や教師と生徒、年配者と年少者の堅苦しい仕来たりもなければ、男女 の差別もない。皆、同等である。またこれらの登場人物たちが活躍する舞台が素晴らしい。 濃密な人間関係を演出する路地裏があり、集団で大騒ぎする空き地があり、小高い山もあ る。この作品には、「がきデカ」のような思想性はないけれども、どたばた騒ぎの中に暖 かい人間関係があり、安心して笑える庶民的な健康がある。そんなところが、長く人気を 維持している理由でもあろう。

*漫画の部屋に戻る