上村一夫「同棲時代」


出版社:双葉社(アクションコミックス,昭和48年3月)


22歳の若いデザイナ−、江夏次郎はナンとはなしに,今日子と同棲することに
なった。安アパ−トの一部屋での共同生活。それぞれに自分の仕事をしながらも、
仕事が上手くいかないときの苛立ちや貧しく寄る辺ない暮らしの中で求め合う愛,
そんな二人の密やかな同棲生活を,叙情性豊かに描く上村一夫の代表作。
 この「同棲時代」は、当時歌われた「神田川」のメロデイをバックに、「同棲」
という言葉を流行語としたほどであった。
 これは、当時のもう一つの青春が学園闘争や三島由紀夫の切腹事件などに象徴さ
されるのとは対照的な、しかし根は一つの暗い青春模様である。
 まだ若い二人の同棲生活は、経済的にも精神的にも不安定で、脆くて、危なっか
しいことばかりである。だから喧嘩もするし、家出もする。ある日、今日子が,次郎
に告げる。
「妊娠したかも知れないワ」
それに対して,次郎は他人事のように「いいじゃないか、未婚の母ってのも流行って
るんだしさ。何なら知りあいの編集者に売り込んでやろうか」
 それを聞いて今日子は、「あなたは卑怯よ!一緒に生きるって,そういうことだった
の!」と激怒し、「当分帰りません,勝手に生きてください」と書き置きを残して家出
をする。冒頭及び家での次の「落花抄」に出てくる詩が,このマンガの全編を流れる
テ−マ曲である。

 「愛はいつも いくつかの過ちに 満たされている
  もし 愛が美しいものなら
  それは 男と女が犯す この過ちの美しさに ほかならぬであろう
  そして 愛がいつも 涙で終わるものなら
  それは 愛がもともと 涙の棲家だからだ
  愛のくらし 同棲時代」

 木曽の古びた宿屋で,椿の花が落ちるのを見ながら「血のざわめき」を感じた今日子は
次郎の元に帰る決心をする。なぜか。「今日子にとって,次郎はやはり懐かしい”ひとりの男”
だった」という説明だが,いささか説得力に欠ける恨みがある。もっとも男と女の間に論理的
必然性を求める必要はないだろうが。そして、結論はこうである。
 「誰もが自分たちのために,自分たちの愛の伝説を作り上げる
ふたりだけのふたりのための愛の神話,そのなかでだけふたりはこよなく美しい」
 これは、まさに耽美主義である、マンガにおける「谷崎潤一郎」の世界である。
 しかしいずれにしろ、当時高校生や大学生だった人たちには、多かれ少なかれ,身に覚えがあり、
何とも懐かしい青春の過去である。



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