老人マンガ

里中満智子

「鶴亀ワルツ」

小学館:


いつだったか、ライフワークとも思える傑作「天上の虹―持統天皇物語」
を再開した里中満智子さんが、「これからは老人もマンガを読む時代になる」
というようなことを言っていたが、マンガ世代は早、五十代に達しており、
高齢化社会の到来は必然的にマンガにも変化をもたらすことは間違いない。
かつてマンガの主流は「学園マンガ」にあったが、遠からず老人ホームや
老人家庭を主題とする「老人マンガ」が大いに読まれる日が来るかも知れ
ない。
「鶴亀ワルツ」は、そんな「老人マンガ」に先鞭をつける作者の新しい
試みの一つである。舞台は、伊豆の温泉町にある民間の老人介護施設、
「鶴亀ハウス」である。ここでは、様々な人生を生き、それぞれに家庭の
事情を抱えた老人たちが共同生活を送っている。例えば、戦争未亡人で、
戦後苦労して育てた一人息子も今は結婚して別居している女性、元大学の
助教授、一人娘を勘当した元料理人夫婦、元ホステスで男に貢いだ挙げ句
に裏切られた女性など実に多彩である。それだけにここでは多様な人間ド
ラマが展開される。それぞれの登場人物が大なり小なり苦い過去を引き摺
りながらも、残りの人生を自分なりに精一杯生きようとするので、老人
ホームでも恋愛もあれば、喧嘩もあるし、見栄からつく嘘もあれば誠実な
人間的触れ合いもある。新しい出会いや別れがあり、喜びと悲しみが交差
する。
ともかく六十年、七十年と人生を経験した人たちばかりであるから、彼
らの述懐や人生訓には説得力があるのだ。しかしいささかコミカルに描か
れているので、ほっとする反面、登場人物の人生経験の部分に不満が残る。
今後、もっと本格的な「老人マンガ」を期待したいものである。


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