歴史マンガ

安彦良和

「虹色のトロツキー」

潮出版社:


舞台は、満州事変後日本の関東軍によって捏造された独立国家・満州。
物語は、昭和十三年、その首都であった新京(現在の長春)の郊外に
新設された建国大学に、日本人の高級軍人を父に蒙古人を母とする主
人公ウンボルトが関東軍参謀の辻政信に連れられて入学するところか
ら始まる。
満州事変の首謀者たちがそのままこの建国大学の創設にかかわって
いるため、主人公を取り巻く登場人物として主人公の運命を左右する
ことになる。例えば、「最終戦争論」の著者で戦前の「右翼の大物」
として知られる石原莞爾は、「五族協和」を理念に大学創設を推進し
た関東軍参謀副長として登場し、参謀長の東条英機やその部下の甘粕
正彦らのグループとの不協和も描かれる。こうした錚々たる歴史上の
人物や事件が描かれ、実在の満州国時代の都市、建築物が実に正確に
描かれているにもかかわらず、作者が「この物語はフィクションで、
実在の人物・団体・事件等には一切関係ない」と断わっているのは不
思議である。もちろん主人公ウンボルトの設定と日本軍による植民地
支配とそのための戦争の悲惨に巻き込まれ、なお人間としての誇りか
ら支配者や戦争に対して批判的であらざるを得ない彼の苦悶の運命の
物語は、確かに作者のフィクションであろう。
それにしても主人公を日蒙二世に設定したことによって自らの批判
的立場を確保し得た作者の巧みさと歴史を見る目の確かさには感心さ
せられる。トロツキーは、満州国の影の支配者たちがその影響を恐れ
た幻の登場人物であるが、作者の真意は恐らく、満州国そのものが日
本の軍国主義が追いかけた虹のような存在であったというところにあ
る。
最後に、主人公ウンボルトの遺児が、現代の東京に颯爽と現れるエ
ンディングは、作者の読者に対するサービスか。