はるき悦巳「じゃりン子チエ」

双葉社:アクションコミックス(昭和54年5月第1巻刊行以来現在まで63巻刊行)


 これほど長命を誇るマンガも珍しい。第1巻が刊行されてからすでに17年、
未だ続いているのだら、驚異的というほかない。 その人気の秘密はどこにあるのだろうか。
 それには、幾つかの理由が考えられる。その一つは、時代背景にマッチしたキャラクター
の創造であり、第二に、関西のかけあい漫才的要素を持った会話の面白さである。そして
もう一つ挙げるとすれば、登場人物たちが、主人公チエの家族を中心に日本全国どこにでも
あるような町内会の有名人、奇人、変人たちを巻き込んだ広がりを持ち、従って読者の身近
に存在する人々であって、その人々が繰り広げる集団劇を子どもの目から誇張し、茶化し、
喜劇化したところに、このマンガの新鮮さと面白さがある。
そこでこの三点について、もう少し詳しく見てみよう。

(1)何が、時代背景にマッチしているのか?
 昭和54年といえば、第一次オイルショックから日本経済が技術革新によって立ち直り、
経済躍進を続けていた時期である。ボーゲルの「ジャパンアズ ナンバーワン」が出版され
たのもこの年である。 一方では、経済優先、開発優先の考え方に反省を迫られていた時期
でもある。企業戦士のサラリーマンが脱サラを考え、企業は環境問題をも考慮しなければな
らなくなり、行政は地方の時代をスローガンとしはじめた。「省エネ」や「ウサギ小屋」と
いう言葉が流行した。子供たちは、相変わらず、受験競争の波の中にあったが、まったく新
しいタイプの「新人類」と呼ばれる子供たちが育ちつつあった。この「新人類」たちは、こ
れまでの大人たちの常識が通じず、他人から干渉されることを極端に嫌い、自分の好きなこ
とに没頭するといった傾向を持っていた。大人たちから見ると、そんな「新人類」の子供た
ちは、生意気で、小うるさく見え、好ましいものではなかったところから、本来「小石」を
意味する「じゃり(砂利)」と批判的に呼んだのである。
 しかし、「じゃり」は大人たちの思いとは無関係に、新しい時代にふさわしい、他人の意
見に左右されない自分なりの考えとそれなりに逞しい生き方を身につけた世代だったのであ
る。ちなみにこの年、流行した「それなりに」という言葉がその雰囲気を良く表している。
 このマンガの主人公、竹本チエこそ、そうした新しい時代の逞しい子どもの誇張された典
型である。 チエは、「一応」小学5年生という設定だが、毎日ぶらぶら遊び歩いているか、
博打をやっているヤクザな父親テツに代わって、ホルモン焼きの飲み屋をやりくりするその
行動と発言は完全に大人のそれである。こんな子どもが実在するとは思えない。奥さんに家
出されたいわゆる「どうしようもない」父親を「テツ」と呼び捨てにし、父親の後見人の感
さえある。女の時代を先取りするように,チエは何とも頼もしく、逞しいのである。
 学校のいたづらっ子マサルに悪口を言われようと、いじめられようと、平気の平座である。
こんな子供ばかりだったら、校内暴力も家庭内暴力も無縁である。チエは、新しい時代の
理想的女性像である。それに比べて、父親テツのは徹底的に非常識な存在として描かれる。
家庭における父親としての存在感がまるでない。これは戦後世代に共通した一般的現象で
ある。このマンガにおいては、それを誇張した形で登場させ、これを徹底して笑いものにし、
あるいはこれにハチャメチャな振る舞いをさせることで笑いを巻き起こさせる。読者は、
その破天荒な振る舞いを馬鹿にしながら安心して笑い、時に自分にはとても真似出来ない
強引な「男らしさ」に痛快を感じる,という仕掛けになっている。その意味では、このマン
ガの真の主人公は,テツである。特に、第20巻以降の後半では、その感が強くなってくる。
 考えて見れば、テツの存在もある意味では理想的な男性像といえなくもない。宮仕えをす
るわけでもなく、家族の生活のために嫌々ながら仕事をする忍耐も必要なく、毎日自由気ま
まなその日暮らし。世間的には馬鹿にされても,恐れられても,自分自身はそれが一番平和
な暮らしである。何とも羨ましい存在ではないか。一見、非常識で,反社会的な存在に見え
るテツこそ、一つ見方を変えれば、「清貧の時代」の新しい男の理想像のようにも思われる。
ここにも,このマンガが人気を持続する秘密がある。
(2)このマンガには、マンガには珍しく、会話の面白さがある。読みながら、読者はまる
で漫才を自作自演しているがごとき面白さがある。すべてが関西弁だということも,その面
白さにプラスしている。
「地方の時代」をいち早くマンガの上で実現しているところにも,このマンガの特徴がある。
(3)町内会の登場人物たちが,それぞれ個性的な人物であり、さらに猫さえ、その輪の中
に入ってくる賑やかさである。チエとテツを中心に、恩師の花井先生親子,元博打屋のお好
み焼きのおっちゃん,元やくざ一家、テツの弟分の警官ミツル等々,町内会の有名人,変人、
奇人に猫が加わって演じるドタバタ人情喜劇は,終わるところを知らない。
これは、戦前の「のらくろ」に匹敵する戦後の「のらくろ」ともいえる,歴史に残る名作
の一つであろう。



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