山上たつひこ「喜劇新思想大系」

秋田漫画文庫:第1巻1976年7月、別巻含め全6巻
初出:1972年7月から74年4月まで「マンガストーリー」に連載

作者のデータ
1947年徳島県生まれ、大阪鉄道高校卒業後、出版社に就職、
編集のかたわら劇画を描き、65年「秘密指令0」でデビュー。
他に、「がきデカ」「半田溶助女狩り」など。



 文字通り、「エロ・グロ・ナンセンス」を地で行く

ギャグ・マンガの傑作。

「新思想大系」という厳めしいタイトルそのものからして

ギャグであるから、冒頭に「喜劇」とあるのだろう。

第1巻に始まって別巻の6冊目に至るまで奇想天外、

破天荒な話の集積で、読者は「ゲゲゲ、ヒヒヒ、ウフ

フ」と「下卑た」笑いの連続である。といって、これ

は単なる下品な笑いを引き起こすだけの「エロ・グロ

・ナンセンス・マンガ」に終わっていないところが傑

作の所以である。ナンセンスな中にも作者の一貫した

現実への批判精神があり、人間の生命力への応援があ

る。

 現実への批判は、殆んどあらゆる既成のものに対し

て向けられる。既成の性道徳や権力、世俗的な名誉や

権威、見せかけの美しさや偽善、あるいは戦前の軍国主義

の亡霊に対する痛烈な批判など、非現実的な話の展開の中

に巧みに現実的な批判精神を盛り込むことに成功している。その意味では、

確かにこれは一つの思想書といえるだろう。

 第一話の「ゼンマイ仕掛けのまくわうり」では、主人公の逆向春助たちが下宿の庭から掘り

出したアメリカ軍の爆弾を自衛隊に運ぶ騒ぎの中で、駆けつけた警官に向かって春助は、「おい、

公僕!」と呼び、報告を電話で聞いた警察署長は、女を抱きながら、「この忙しいときに、ふざ

けるな、バカッ!」と電話を切る。また、自衛隊の師団長は、爆弾を抱えてやってきた春助たち

を見た部下の「師団長、大変ですっ、過激派学生のなぐりこみです」という報告に、「戦争で敵

の首を百と二十もたたき落としたこのわしだ、へなちょこ学生なんぞにやられてたまるかっ!」

といきり立つが、春助たちに踏み潰されて、「戦争の時みたいにいきませんな」と部下にいわれ、

権威失墜。

 第三話の「征服は道なり」では、首相の演説原稿の中に、女の裸を覗いた男の卑猥な言葉が並

んだ取り調べ調書が混入し、それを首相が読み上げるという痛烈な政治批判が描かれる。

 第2巻(「続・喜劇新思想体系」)の「猟奇天国」あるいは第4巻の「創造的ダブル癲癇気質

性攻撃型症候群」では、日本の医者の権威をこき下ろし、医療の実態を告発する。

 このように「喜劇新思想体系」に描かれる話は、いずれも、そのナンセンスで露骨で、どぎつ

い「下品な」描写にもかかわらず、全体を貫く批判精神は意外と健全なのである。

旧陸軍の軍人も何度か登場するが、読み終わると、それが平和へのメッセージになっているこ

とがわかる。

この作品は、作者が25歳の頃に描いたというのであるが、その発想や構想力、構成力はたい

したものである。とても25歳の若者が描いたとは思えないほど確かである。

 ギャグマンガの傑作の一つといってよかろう。



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