田河 水泡「のらくろ」

講談社「少年倶楽部文庫」「のらくろ漫画集4巻」
昭和6年〜16年連載、昭和50年刊


 戦前の代表的漫画。黒い野良犬の「のらくろ」は
猛犬連隊に入営して以来、どじでへまをしながらも
頓知や勇気で大活躍。
二等卒から一等兵へ、さらに伍長から軍曹、曹長、
小尉、中尉、大尉へと出世してゆく。
 ちょうど満州事変から太平洋戦争勃発の昭和16年
まで「少年倶楽部」に連載された。軍国主義の暗い暗雲
のもとで、人気を得たのも、二重の意味でもっともであ
ろう。その一つは、当時の少年達の関心が否応なく軍隊
に向けられていて、その出世願望に応えていることであ
り、もうひとつは、軍隊を犬の世界に置き換えるという
全くリアリテイのない戯画であったことで、表現の自由
をある程度逃れていること、つまり思想弾圧をうけない虚構と適当な軍国道徳の
賛美とを準備していたことである。その意味で、評価は二つに割れるだろう。
 その一つは、「のらくろ」の軍隊の世界は、実にいいかげんな軍隊であり、
部隊長や連隊長といえども、たいした権威もないし、上官からの暴力的な制裁
もなく、のらくろの上官に対する態度も何とも「人間的(犬的)」で「馴れ馴
れしい」、それにのらくろは失敗やどじばかりやって周囲に迷惑をかける、と
いったように、見方によっては軍隊を茶化し、軍隊の権威や規律を馬鹿にして
いる(失墜させている)ようにも思われる。事実、時にこの漫画に対して軍部か
らの干渉が行われたようである。
 もう一つは、それとは正反対に、軍国道徳の賛美の面である。のらくろは、いつ
でも機智や頓智を働かせては「手柄」を立てるし、身の危険も顧みず勇敢に敵陣に
入り込み、捕虜を助け出したり、敵をやっつけたりして、武勲の報償として次々と
出世する。「国のためには命も捨てる」という軍国主義の精神は、「のらくろ」に
も生きている。時代的制約といえばそれまでだが、もとより軍隊を漫画の舞台とし
たこと自体が、この漫画の限界といえるかもしれない。



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