一九八〇年代、爽やかで熱い闘いを描いた剣道マンガ「六三四の剣」を
ヒットさせた村上もとかが、九一年から長期連載している熱血歴史ロマンが、
「龍(RON)」である。昭和の初めから次第に軍国主義化していく激動の
昭和史を背景に、財閥の御曹司である押小路龍なる青年の波瀾万丈の物語が
展開される。 村上もとか作品の魅力は、劇画の主流をなすその丹念な描写法と、時に
叙情的、時に叙事的、様々なエピソードを相互に連関させながら、しかも
一つの統一性を与えるそのストーリー展開の巧みさにあると言ってよい。
この作品においてもその巧みさは遺憾なく発揮され、読者を飽きさせない。
さて、昭和の初めから敗戦に至る日本の歴史は、今の若い人々にとっては
もはや単に過去の出来事になってしまったかのようである。しかし歴史が
基本的に「ストーリー(hi―story)」であり、歴史を語ることは
現に生きているわれわれ自身の自己認識に関わることがらであることを忘
れてはならない。その証拠に今、太平洋戦争は「侵略戦争」であったか、
それとも「解放戦争」であったのかという歴史論争が行われている。その
意味でも、この作品に登場する大事件や歴史的人物の描き方には、興味深
いものがある。例えば、昭和六年に起きた日本の満州(中国東北部)支配
の発端となった満州事変とその首謀者の一人である石原莞爾や満州国建設
に深く関わった甘粕正彦、昭和十一年に「昭和維新」を標榜して皇道派の
青年将校たちが起こしたクーデター、二・二六事件とその思想的指導者で
あった超国家主義者・北一輝といった人物たちが登場し、主人公と何らか
の折衝をもつのである。もちろん主人公は作者のフィクションであるが、
歴史的事件そのものや石原莞爾の「世界最終戦争論」や北一輝の「日本改
造法案大綱」の紹介は、事実である。こうした事実とフィクションを織り
交ぜながら「日中平和に命をかける」主人公の愛と苦闘の物語は、後半の
中国編に移っていく。特別高等警察(特高)の拷問から朝鮮人青年を救っ
た主人公は、中国へと密航するが、事故によるショックから記憶喪失にな
り、ここから中国人「Ron」として生きていくことなる。二つの民族を
生きる主人公が、記憶を回復し、愛する映画女優ていとの再会を果たした
うえで、「真の日中友好の組織」を実現させるのはまだまだ先のことにな
りそうである。