一色まこと「ピアノの森」


―癒しの音楽浴ー


一九九0年代に一色まことが描いた「花田少年史」という傑作ギャグ・マンガがこの秋テ レビアニメ化されたのに伴って、マンガの方も復刻、再び人気を呼んでいる。その一色ま ことが、四年前からマンガ誌に連載している「ピアノの森」は本格的なストーリーマンガ で、前作を凌ぐ面白さである。ストーリー的には、「育ち」も「家柄」も「品行」もさほ どよくない型破りの個性派主人公と「育ち」も「家柄」も「品行」も申し分のない優等生 的ライバルとを対比しつつ、個性派が逞しく成長を遂げていくという、今の時代に多くの 読者に受け入れられる一種のサクセス・ストーリーであって、やや類型的とも言えるが、 秀逸なのはその画像表現、特に音声の画像化とタイトルになっている「ピアノと森」を結 びつけた発想の分りやすさである。 ずっと以前にも同じピアノを扱った、さそうあきらの「神童」を本欄で紹介したときに も感じたことであるが、マンガがもっとも苦手とするはずの音声表現が、この「ピアノの 森」でも実に見事に画像化されている。音符が飛び出していく表現は以前にもあったが、 波打つ五線譜をそのまま背景に描くことに加えて、素晴らしい演奏を表す軽やかな星のマ ークの連なりがいかにも新鮮である。モーツアルトやショパンと言った馴染みのある曲を 取り上げているにしても、音のないマンガの紙面から音が聞こえて来るような不思議な錯 覚に陥る。これは作者の新工夫であり、今後音声表現の一つの文法になるだろう。  さらにこの作品の魅力は、ピアノを森の中に置いたことにある。それは、ピアノのメロ ディがまるで森林浴をしているように身体に染み入る心地よさを象徴しているのだ。つま りこのマンガは、今流行りのサクセスストーリーでありながら、音楽浴ともいうべき癒し の要素を取り入れたところに成功の秘密がある。

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