社会派人間学コミック


御厨 さと美

裂けた旅券

小学館:ビッグ コミックス
全7巻(1981年1月〜1983年4月)


これは、何とも知的な「大人の」マンガである。
何が「知的」かというと、その多彩な内容もさる
ことながら、随所に散りばめられたその会話の洗
練された表現において、これまで私が読んだ中で
も最高に知的な興味深い傑作の一つである。
しかも、その絵がまた丹念で的確、多くの登場
人物の描き分けも正確で、非常に読みやすい。
内容的には、非常に多彩である。大まかに分類す
ると、@経済やビジネスに関する情報を取り扱っ
たもの(13話)A政治的な話題を扱ったもの
(10話)Bフランスを中心としてヨ−ロッパ事
情を話題としたもの(15話)C日仏、あるいは
日本とヨ−ロッパの比較文化論(7話)D人間愛
を中心にした人生論(10話)の5つに分類でき
る。
もちろんそれらのテ−マは、相互に交差し複合しており、マンガの自由な表現形式を活か
して面白く読ませる工夫も十分になされている。しかし全部で55にのぼる挿話は、それ
ぞれに完結している。敢えて一貫したテ−マを求めるとすれば、それは、作者の分身と思
われる主人公・羅毛豪介と「ブロ−ニュの森」の売春婦であった少女・マレッタとの出会
いから、二人がその人間愛を大きく確かなものへと育てていく物語ということになるだろ
うか。そこでこの二人の主人公について簡単に触れておこう。
豪介は、長崎の出身で中学を卒業するとすぐに単身船でフランスに渡る。時は、「60年
安保」(昭和35年)で、日本中が動揺していた時である。以来、主にヨ−ロッパを渡り
歩いて15年、今で言ういわゆるフリ−タ−として色々な仕事をして生きてきた「一匹狼」
である。パリを訪れる観光客のガイドや通信社に原稿を売り込むライタ−や、冬のシ−ズ
ンには国家検定教師の免許を持つスキ−の腕前を活かしてスキ−教室の教師などしている
が、10年前にはイタリアのマフィアの”チンピラ”として働いていたこともあり、かな
り「危ない橋」も渡ってきたらしい。しかしそのために豪介はヨ−ロッパのありとあらゆ
る事情に通じ、人間や社会や文化を見る眼も確かなものを身につけることが出来るように
なった。
一方、マレッタの方は最初に豪介と出会ったのはまだ13歳の時で、豪介とは親子ほど
も年が違う。だから、二人の関係は初めのうちは娘と父親といった関係であり、豪介はマ
レッタの保護者として彼女を学校に入れるのである。そもそもこの作品をスタ−トした時
点では、作者の構想にはマレッタの存在はなかったのではないかと思われる。というのは、
マレッタが初めて登場するのは、この作品がスタ−トして1年後のことだからである。恐
らくこの作品が3年余に亘って連載が続くとは、作者も予期していなかった節がある。と
ころが連載が長期になりそうだということで、マレッタを主人公の一人として登場させた
のではないかと思われる。しかもこのマレッタの登場は大成功だった。それまでの「一匹
狼」の活躍という比較的単純なスト−リ−展開に、厚みと深みと彩りを加えた。特に、二
人の愛のあり方を通して、「人間が自立して生きるとはどういうことか?」あるいは「異
文化を真に理解するとはどういうことか?」といった人生論的、文化論的思想を具体的事
件の中に語る場が設定されたことが、この作品を一層良質な傑作にした要因である。
その点で、私がこのマンガのクライマックスだと思うのは、最後の第7巻の第2話「タ
タミゼと黄禍」における日仏文化比較論と豪介とマレッタの壇上での象徴的な抱擁の場面
である。従ってこの作品はここで終わっていれば、非常に印象の強いものであったはずで、
あとの数話は付け足しという印象を拭えない。
それにしても、このマンガは作者の画力といい、思想性といい、実にいいマンガである
ことに変わりはない。風の便りでは、作者の御厨さと美は、このマンガを書き終えた後、
「時間に追いまくられるのが嫌だ」ということで、マンガを描くことを止めたということ
であるが、今はどこでどうしているのであろうか? 作者がマンガの世界から姿を消して
早、15年も経っているのであるが、その後豪介とマレッタがどうなっているのかという
ことと同時に、作者の現在の消息を知りたいものである。

さて、次にこの作品の全55話の概説を、先の分類に従って掲載するので、興味のある方
は是非読んで頂きたい。

  1. 経済・ビジネス関連の話題

  2. 政治的な話題

  3. パリを中心としたヨ−ロッパ事情に関する話題

  4. 日仏・日欧文化比較に関する話題

  5. 人間愛・人生についての話題



E-mail:moon@wing.ncc.u-tokai.ac.jp


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