YAMAMOTO OSAMU

山本おさむ「わが指のオーケストラ」

--人間が人間らしく生きるとは?


(東海大学新聞98年9月5日号掲載)

私たち、普通に目に映じる世界と耳に届く音声の世界の中 で言葉を習得し読み・書き・話しの手段をもって相互のコミュニ ケーションを図ることのできる、いわゆる「健常者」にとって、 映像のない世界や音のない世界がどのような世界であるかは、想 像だにつかない。時折、視覚障害者や聴覚障害者の姿を目にする ことがあっても、ちょっとした憐憫の情を感じてそれを特異な例 外者として「われ関せず」と見過ごすのが普通である。つまりわ れわれ「健常者」は、そうした「障害者」に対してあまりにも無 関心であり、無知なのである。そして実は、そうした無関心・無 知こそが偏見と差別の根源なのである。 「人間が人間らしく生きる」ということを人間の原点だとすれ ば、「健常者」と「障害者」の「共生」はどのような有り様にな るのか、そしてそもそも「人間が人間らしく生きる」とはどのよ うなことなのか、こうした根源的な問題を深く考えさせてくれる のが、ここに紹介する山本おさむの『わが指のオーケストラ』で ある。 山本おさむは、沖縄のろう学校野球部に取材した『遥かなる甲 子園』で地味な脚光を浴びた作家で、近年では重度重複障害者の 授産施設建設までの関係者の苦闘を描いた『どんぐりの家』で多 くの共感を得た作家として、知る人ぞ知る異色の社会派マンガ家である。『わが指のオーケストラ』 は、九十年代はじめに上記二作品の中間に描かれた作品で、日本の聾唖教育の歴史の中で偉大な足 跡を残した大阪市立ろう学校の高橋潔校長の伝記という形をとっている。これが単なる伝記に終わ らないのは、ろう者自身とその家族・教育者たちの苦悩や喜び、それを取り巻く社会の根強い偏見 や差別、ろう教育をめぐる手話法と口話法との対立などが複眼的に、そして人間ドラマとして感動 的に描かれているからである。作中印象深いのは、意志伝達の困難に苦闘する主人公に先輩教師が 言葉のない子供について語ること、つまり「いいですか、高橋先生。一作は言葉を知らないのでは ありません。生まれながらに耳の聴こえない子供というのは、・・この世界に言葉があるという事 を知らないのです。」 この子供たちの言葉こそ手話であり、それによって心の中に音を奏でる「オーケストラ」、それ がこの作品のタイトルになっている。「普通に生きている健常者」に「人間らしく生きる」ことの 真の意味を自覚させる啓蒙の書として、是非一読をお薦めしたい。


E-mail:moon@wing.ncc.u-tokai.ac.jp


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