安彦 良和

「王道の狗」

講談社、ミスターマガジン1998年no.1より連載。
第1巻1998年6月初版、現在、第2巻まで発行。


「虹色のトロツキー」に続く安彦良和の歴史ロマン。
時は明治10年代、自由民権運動が広がりつつあった時、
純真な若者二人、加納秀助と風間一太郎も自由党員として
運動に参加するが、それぞれ逮捕され、北海道で過酷な強
制労働に従事させられる。
二人は、自由を求め脱獄、アイヌの猟師ニシテに助けら
れる。さらに、ニシテの紹介でオホーツク海に面した湧別
で農場を営む徳弘正輝のもとで働くことになる。ここには
内地から色々な人間がやってくる。大東流合気柔術の祖となる放浪の天才武術家
・武田惣角、秩父事件を起こした困民党の幹部であった飯塚森蔵、福島出身の
砂金堀りの財部数馬といった曰くありげな男たちが登場する。アイヌ娘と
懇ろになった野心家・風間は、砂金堀りの財部と金鉱山を探しに山に入るが、
途中で財部を殺害し(動機不十分)、何食わぬ顔で戻ってくるが、徳弘に咎め
られ、身ごもったアイヌ娘を残して内地に向かう船に乗る。
一方、加納秀助の方は、かつての指導者であった飯盛森蔵の出現で自由党総裁
の大井憲太郎らの指導方針に従った自分の過去の行為を振り返る。その指導方針
とは、朝鮮で起きた「甲申事件」の首謀者で日本に亡命していた金玉均を担いで
「自由党壮士の一団が武器を持って朝鮮に渡り、保守派要人を暗殺するなどの大
事件を起こす。これによって国内の民心を煽り、薩長藩閥政府の無能無策を浮き
彫りにすることによって政府を転覆し一挙に大改革を果たす」(2巻115頁)
というもので、そのための資金調達の任を命じられた秀助たちは奈良の生駒山
千手院に押し込み強盗に入る。
しかしそれによって得られた資金はわずかであった上に、隊長の磯山静兵衛は
金をもって逃亡、残りの者たちも官憲に捕らえられてしまう。その時秀助は逃亡
するが、途中で茶店の親父を殺すことになって結局、捕らえられ、北海道送りと
なったのであった。
明治中期の日本の近代化の中で、自由民権思想の洗礼を受けた若者がどのよう
に成長していくのか、それも極北の辺境・北海道の地でアイヌの民族差別や当時
の無理矢理の富国強兵策を押し進める政治権力やその周辺で欺瞞に満ちた政治運
動を画策する知識人たちとの係わりの中で、どのように苦悩し、自己自身のアイ
デンティティを確立していくのか、誠に興味は尽きない。
今後の展開が大いに楽しみである。




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