柔道マンガ「YAWARA」で国民的人気の女性キャラクター「やわらちゃん」 を創作し、続く「MASTERキートン」ではヨーロッパ各地を舞台に考古学的 探求をミステリアスに描いて人気を博した浦沢直樹は、今や手塚治虫以来の正統 派ストーリーマンガの代表的な描き手のひとりである。その浦沢が四年ほど前か ら描き続け、又もや人気作品になっているのが、ドイツを主な舞台に日本人の天 才的な脳外科医、天馬賢三の人間味溢れる活躍を描く、サイコミステリーと銘打 たれた「MONSTER」である。 この作品の面白さの理由はいくつかある。第一に、ストーリーの展開が実に巧 みである。決して一本調子ではなく、時に登場人物たちの人間性を表わすエピソ ードが織り込まれたり、過去と現在が交差し、一見無関係にみえる事柄が脈絡を もつ構成は見事である。第二に、数多く登場する人物たちを描き分ける作者の画 力にも感心するが、それにもましてドイツ各地のみならずチェコスロバキアにま で及ぶスケールの大きさとその場所場所の情景や建物の正確な描写は、読者が自 分でその場所に立ったような、旅の楽しみをも与えてくれる。 第三に、物語ない し主人公の基本的な思想がヒューマニズムで貫かれており、たとえどのような残酷 な陰謀や拷問や殺人行為が描かれても、それらの悪に果敢に挑戦する主人公の姿勢 が読者に期待と共感と安心感を与える。 「MONSTER」とは、直接的には天馬が手術によって命を救ったヨハン少年 の成長した姿を意味しているが、どうやら本当の「怪物」は冷戦時代の東ベルリン の孤児院で行われていたらしい教育に名をかりた幼児虐待の負の遺産を意味してい ることが、物語の展開とともに明らかにされていく。ヨハン少年が冷徹なまでに 次々と引き起こす殺人事件は、その負の遺産を消去するための復讐劇であり、それ を押しとどめようとする天馬の追跡劇は、おそらく共産主義時代の東側の闇に包ま れていた残酷を白日の下に明らかにすることができるまでは終わることはないだろ う。この物語は、まだまだ半分ぐらい進行したところで、今後の展開が楽しみであ り、どんな結末を迎えるのか、今から興味津々である。 天才的な医者といい、「鉄腕アトム」の生みの親と同じ天馬という名前といい、 歴史の闇を暴く手法といい、この作品は言ってみれば浦沢版「ブラックジャック」 である。