木村 紺「神戸在住」


―大震災と大学生版「ちびまる子」ー


以前は「学園もの」といえば、その舞台は小、中学校か高校に相場が決まっていたものだ。 対象読者の想定が、主に小、中学生から高校生だったからである。しかし今や彼らに劣らず 大学生の多くがマンガ作品の読者である。だから大学を舞台にした「学園もの」が登場して もおかしくなかったのだが、どういうわけかこれまで大学生の学園生活を描いた良質の作品 は少なかったのである。二十数年前にさくらももこの「ちびまる子ちゃん」が小学生の日常 生活をコミカルに描いて大人気になったように、ここに紹介する木村紺の「神戸在住」は、 おそらく大学生の間で大人気になりそうな予感がする。これはマンガ界に一陣の涼風を吹き 込むような良質の作品と言っていいだろう。  主人公の美術科の女子学生・辰木桂は、作者の分身であるが、いわゆる普通の学生であり、 これと言って何か特別なことをするわけではない。友達と宿題の話をしたり、買い物に行っ たり、試験の前にはノートの貸し借りをしたり、部室で暇をつぶしたりする平凡な学生。そ の平凡な日常を神戸の街を舞台に、大震災の悲劇体験を心理的背景にしながら、淡々とエッ セー風に描いているだけなのだが、読んでいてつい引き込まれてしまう不思議な面白さがあ る。その面白さはどこから来るのかといえば、次の三つの理由が挙げられる。  まず第一に、美術科の学生(だった?)らしく、味わいのある、暖かい絵の魅力がある。 次に、その会話や文章がとてもセンスがある。かなり文学作品も読んでいるようだ。最後 に主人公(作者)の人間を見る目がすごく的確であり、思いやりと共感に溢れている。特に、 神戸の大震災を体験した友人たちの記憶を語るときの作者の共感とその的確な表現力は感動 ものである。その感動は、単に大震災の悲劇やボランティア活動といった出来事にあるので はなく、そうした悲劇とボランティア活動の中での人間と人間(たとえ中国人やコリアとい う外国人であろうと)の間に交差する思いやりと共感のドラマこそが感動を生みだすのであ り、それを的確に描くことは大変難しいことである。この感動は、おそらく文章だけ(エッ セーや小説)では描き切れない性質のもので、ここで大きな力となっているのはその描画で ある。マンガだからこそ生まれた感動、そんな印象をうける秀作である。今後の創作活動が 楽しみな新人マンガ家の誕生である。

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