いしいひさいち「バイトくんブックス」


勉強しない大学生とダメ教師を問う



(株)チャンネルゼロ
(1997年5月26日第1刷発行)



一九七〇年代後半に「がんばれ!たぶちくん!」
で一躍人気漫画家の仲間入りをしたいしいひさいち
は、四コマ漫画の面白さと有効性を改めて世に認め
させた最大の功労者であろう。そのいしいがデビュー
以来変わらず描き続けるメイン・キャラクターが「バ
イトくん」である。
「バイトくん」は、関西のある私立大学の6年生、
二階建てのボロ・アパートに住み、時には大学にも顔を出すが、たいていはどこかで
アルバイトをしているか、友人たちと徹夜マージャンをやっているかである。後輩が
前衛音楽を聴いていると、「前衛音楽といえば“春の祭典”しか知らない」バイトく
んは、「久しぶりに“春の祭典”聴きたいな」というので、後輩がそのテープをかけ
ると、「こわれてるのか?」と、その無知ぶりを曝け出してしまういわゆる「勉強し
ない」学生なのである。しかしまた「勉強しない」のはバイトくんたち学生ばかりで
はない。休講のためバイトくんが時間潰しに喫茶店にいくと、そこには何と休講した
教授がいるではないか。
このように誇張を交えて描かれた「学校へ行かない、勉強しない、アルバイトに精
を出す」嘆かわしい学生たちと大学の変質は、今や三流大学の「東淀川大学」に限ら
ず、日本全国どこの大学でも一般化し、より普遍的になってきているとさえ言えるの
ではないか。
確かに、学生たちの生活レベルや学生同士の交友のあり方は随分と変化してきてい
るように思われる。現在の「勉強しない」学生たちは、第一に貧乏ではないし、第二
に共同生活が苦手で殆ど孤立している。バイトはするが、それは海外旅行に行ったり
車を買うためであって、生活費や学費のためではない。「勉強はしない」が、卒業は
したいし、就職もしたい。世間並みの経済的ゆとりもほしい。虫がよすぎるのである。
その点、「バイトくん」の世界には、「出来の悪い貧乏学生たち」ではあっても、
飾らない自由な人間同士の暖かい交友があり、人間らしさを基点に世間的な虚飾や権
力や出世といった世俗的価値観を時に鋭く風刺し、時に笑い飛ばすという逞しい主体
性が感じられるのである。
現在のバイトくんたちにもっとも欠如しているこの「人間らしい交友」と「逞しい
主体性」を望むのは、もはや無理なのであろうか? さらに大学がそうした教育の場
を回復するにはどうしたらいいのか? 文部省の大学審議会に「評価をきびしく、卒
業をきびしく!」などと言わせないために、我々はも一度「バイトくん」を読んで
考えてみたいものである。


(「東海大学新聞」、1998年11月5日号掲載)


この記事は、主に「バイトくんブックス」E「出歩く男」97年5月刊(チャンネルゼロ)
を参考に記述。


E-mail:moon@wing.ncc.u-tokai.ac.jp


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