魚戸おさむ画・東周斎雅楽作「イリヤッドー入矢堂見聞録」
―アトランティス伝説をめぐるミステリー
古代ギリシャの哲学者プラトンの「対話編」の中に「ティマイオス」「クリティアス」と題された
二つの作品があって、「とほうもない大地震と大洪水が起こって」一昼夜にして海中に沈んでしまった
というアトランティス島とその強大な王国の様子が語られている。プラトン以来、西洋ではこのアトラ
ンティス伝説をめぐって様々な論争と研究がなされてきたのある。この伝説を「荒唐無稽」と否定する
意見もあるが、歴史学や考古学や地質学など多方面からその実在を証明しようという研究も数多くあり、
この伝説は未だに多くの人々の知的好奇心とロマンを掻き立てる対象であることは間違いない。
このアトランティス伝説の真実に迫ろうという物語をミステリー仕立てに構成したマンガが、ここに
紹介する「イリヤッド」である。ストーリー構成の東周斎雅楽なる人物は考古学か歴史学の専門家であ
ろうが、プラトンの対話編やマルコ・ポーロの「東方見聞録」、あるいはトロヤ遺跡の発掘で有名なシュ
リーマンなど関連の諸文献を巧みに利用しながら面白いストーリー構成をしている。「家裁の人」で一躍
人気マンガ家になった魚戸おさむの丹念な作画と相俟ってこのマンガを「読ませる面白いマンガ」にして
いる。
主人公の入矢修造は、東京の山の手で小さな骨董屋を営む男だが、イギリスの大学で考古学を研究し、
博士号を持つ民間考古学者という設定である。この主人公のもとにアトランティス伝説の真相究明を依頼
する手紙が届けられた。早速手がかりを求めて活動を開始した主人公。それを阻止しようとする謎の暗殺
集団。そして危険の中を巧みに次々と謎の解明に活躍する主人公。舞台は日本からクロアチアへ、そして
ギリシャ、イタリアと地中海世界を縦横無尽に駆け巡る。読者はマンガで主人公と一緒に地中海世界の景
観を愉しみ、遺跡から発掘された色々な貴重な資料を閲覧し、遺跡をめぐる旅ができるという楽しみも味
わえる。そして何よりアトランティスという夢のある謎の探求に知的好奇心をそそられことだろう。この
マンガを読んだら、もっとアトランティス伝説について知りたくなるはずである。そのときは、「失われ
た大陸」(岩波新書)や「アトランティス大陸の謎」(講談社現代新書)、さらにはプラトンの「対話編」
などの文献を読むといい。
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