手塚治虫「人間昆虫記」


出版社:秋田書店(プレイコミック70年5月から71年2月まで連載)


主人公、十村十枝子は、まるで昆虫が脱皮するように、次々と自分の目指す

相手から栄養を吸収して、華麗な変身を遂げてゆく。まず、劇団の主演女優

に始まり、次は芥川賞作家となり、著名なデザイナ−となり、そして超一流

企業の社長夫人、最後は写真家となってギリシャで暮らすといった具合であ

る。彼女は、変身する度に相手となる男からその技と作品を盗み、そのため

に相手は堕落したり、自滅し、死に追いやられたりするという恐ろしい女である。

 この作品が描かれた昭和45年といえば、いわゆる「ウ−マンリブ」が騒

がれていた頃であり、女性の経済的、精神的自立が新しいテ−マとして登場

した頃である。男性支配社会に対する抵抗と痛烈な批判が、男への復讐とし

てドラマチックに描かれている。主人公が平気で行う盗作や秘密文書暴露と

いったことは、悪いことには違いないが、マンガを面白くするという点で、

適当な誇大表現と非現実的空想とは許されてよいことである。特に、この場

合、相手の男性自身がそれ相当のあくどさなり、だらしなさを持っているの

で、読者は、主人公の行為を倫理的にとがめる気持ちが起きないばかりでな

く、却ってそのたくましい生き方に共感さえ覚えてしまうのである。


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