坂口 尚「電飾の夜23:59発」

東京三世社:マイコミックス(1983年10月刊)


 考古学専攻の大学生、真樹は夏、海水浴に行った
折りに、砂浜で奇妙な貝殻の付いた土人形を拾ってきた。
下宿でそれを眺めながら、古代の世界に思いを馳せてい
るうちに、時間内に生起する存在者と時間を超越した存
在そのものの違いに気付き、愕然とする。存在の深淵を
覗いてしまったのである。
 存在者のもろさ、儚さは、土人形を叩き壊したあとの
空洞、超存在者(神)への恐れは、偏執狂、妄想症とな
って表現される。結末の作者(主人公)の独り言は、
こうである。

 「あいつからは逃げられない・・・
  あいつはどこにでもいるんだ・・・
 「ないのに・・・
 「世界のはじめにあいつはいた
  人間もまだいない 大昔から・・・」(P71)

 説得力不足ながら、深い思考を秘めた秀作。「存在の深淵」というと、フランス
の哲学者、サルトル「嘔吐」を思い出すのだが、どうやら作者の脳裏にはそれが
あったのではないか。ただ、哲学的な存在論をマンガで表現することは極めて困難
であると思われる。このマンガもSFと銘打っているが、SFとしてはあまりにも
中途半端であり、リアリテイがありすぎる。作者の深い思想性の片鱗は、このマンガ
からも十分に窺い知ることができる。



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