囲碁は、将棋と並んで日本の伝統的知能ゲームであるが、最近はその
発祥の地・中国や韓国のみならずヨーロッパやアメリカなど世界各地に
普及が図られ、世界選手権も行われるようになった。しかし日本の若者
たちには、「辛気臭い」とか「暗い」とか言って今一つ人気がないようで、
マンガの世界でもそんな事情を反映してこれまで囲碁・将棋を取り上げた
人気作品は少なかった。しかしここにきて少年マンガ誌に新たな趣向の
囲碁・将棋マンガが登場している。以前から連載されている「月下の棋士」
に加えて、例えば「歩武の駒」や「ヒカルの碁」といった作品がそれであ
る。「月下の棋士」がプロの厳しい勝負の世界をシリアスに描くのに対し
て、後のニ作は広い読者を対象にコミカルに描いている。それだけに非常
に身近な存在の主人公と、例えルールも知らない初心者にも面白く読める
ように工夫がなされているし、プロの棋士たちも登場するので、有段者に
も結構楽しめる内容も織り交ぜてある。
先日、ある囲碁トーナメントの前夜祭で趙名人や武宮九段、片岡九段に会っ
たときに尋ねたら、「ヒカルの碁」を皆読んでいて、面白いと言う。この
作品の監修役の梅澤由香里三段が目の前にいたから、というわけでもなさ
そうだった。そう、これは「子供のマンガながら、大人にも結構面白いの
だ。」その秘密は、主人公ヒカルの人物設定にある。平凡な人物としての
親近感と超人的能力者としての痛快さという二面性にある。つまり主人公
はごく普通の元気のいい少年であるが、同時に平安時代の棋士・藤原
佐為の霊が「囲碁の神様」とも言われる江戸時代の天才棋士・本因坊秀策
を経てこの少年に宿ったという設定なのである。このため、時に平凡な少
年の笑いと、時にプロの厳しい勝負の世界とが交差しながら物語が進行す
るので大人でも楽しめるのである。基本的には平凡な少年が囲碁を通して
次第に成長していく姿を縦軸に、囲碁界の様々な出来事を横軸に絡ませな
がらストーリーを膨らませる手法が、今のところこのマンガを面白くして
いる。
さて今後、主人公ヒカルがどのように成長し、いつ霊としての存在が消え
去ることになるのか、それは作者が囲碁というゲームの面白さと奥深さを
どの程度描き出すことに成功するかにかかっているように思われる。