あおきてつお画・ジョー指月原作「緋が走る」

集英社:ジャンプ・コミックス デラックス,(第1巻1993年1月、現在第11巻まで刊行)
初出「スーパージャンプ」92年、現在も連載中



「本格陶芸ロマン」と銘打たれているだけのことはある。

綿密な取材と正確な描写には感心させられる。 舞台は、

陶芸の町、萩。主人公松本美咲は、陶芸家の父、竜雪の急

逝により、大学を中退してその後を継ぐことにした。

初め、萩焼の大家斎藤巌に弟子入りし、初歩から修業す

るが、父親譲りの才能を発揮し、すぐに独立する。美咲に

は、陶芸家の誰でもが憧れ、そして父親がその志半ばで去

った「緋を走らせる」という夢があり、ここから美咲の苦

闘が始まる。もちろん、これはマンガであるから、色々な

ドラマが仕組まれる。「料理の鉄人」勝負のごとき、陶芸の勝負


である。まず最初が「陶芸荒磯勝負」である。(第3巻)

これは、一流旅館の「荒磯料理」に相応しい湯飲み茶碗を作る勝負で、相手は木崎竜一郎。

木崎の作品は芸術性は高いが、実用性に乏しい。美咲の作品は、外面を実用的、茶碗の内側

に芸術性を持たせた、「用と芸術を兼ね備えた」作品ということで、勝利を得る。

次に、ビアジョッキを作る。ビールは、ガラスのジョッキよりも、細かい泡が立って、

陶器の方が美味いという。

次の勝負は、萩特産の夏蜜柑の「ゼリーの器」勝負。相手は、陰謀家の流れ職人、鬼頭

三郎。様々な妨害に遭いながらも、美咲はひた向きな心で、ここでも勝利を収める。
(第4、5巻)

さらに美咲は、「緋」を求め、丹波赤土部勝負に出かける。錚々たる陶芸家たちの中では、

補欠のような存在であるが、美咲は粘り強く工夫を重ね、「用に徹した」赤土部を作り優勝す

る。(第6、7巻)

次に登場するのは、「今魯山人」と呼ばれる藤堂権左衛門で、箱根に大邸宅とホテルをもつ

大金持ちで、焼き物にも造詣の深い「食の帝王」。全国から名立たる陶芸家を集め、料理の

達人の料理を盛る器で勝負をさせる。美咲は、「緋」の研究のため、鉄分の多い粘土で赤い色

の出る無名異窯を学びに佐渡に渡る。佐渡での成果は、「緋結晶」(器の内から表面にかけて

炎のように渦を巻いて出る赤)(第8巻)となって、美咲は箱根に招待されることになる。ここに

は全国より一流の陶芸家19名が集められ、まず一次審査で9名に絞られ、二次審査では12

作品のうち「女もの」の5つに絞って作陶した美咲を含め3名になる。

こうした短時間での作陶が出来るのは、ジェット窯があるためである。普通の登り窯や電気

窯では何日もかかってしまうとこを、ジェット窯だと数時間で出来てしまうらしい。そのため、

「緋」も出やすいと美咲は考える。

最終的には、ここでも美咲は、尼子龍之助なる大家に「釉薬をかける」という嘘を教えられ

ながらも、萩の世話人、高杉晋吾に正しい情報を教わり、徹夜で「釉薬」を削り落として、「とき

めき」と「やすらぎ」を同時に表現した立派な作品を完成させ、見事勝利者となる。(第8、9、

10巻)

美咲の次の目標は、箱根の「美食の儀」勝負の賞品であるジェット窯で「緋」を走らせること

と、賞金の1億円の融資を元に、萩の商店街の一角に「焼物横丁」を作ることである。(第11

巻以降)

はてさて、このマンガ、どこまで続くのか。
このマンガ、実に良く出来ている。単なる陶芸の内輪話ではなく、陶芸を通して人間を描い

ている。苦闘があり、陰謀があり、友情があり、師弟愛があり、家族愛があり、努力の報われ

た喜びがあり、従って感動がある。女性の主人公を設定したところは、尾瀬あきらの「夏子の

酒」に似ていて、いささか類型的ではあるが、一般的ではないだけにその方が読者の感動を

呼びやすいということだろう。

このマンガの出現で、萩の町に若い女性が多く訪れるようになったという。このマンガによっ

て、陶芸という地味な日本の伝統工芸に理解と興味を持つ人が増えることは悪いことではな

い。陶芸の専門書であれば、恐らく1冊ですむところを、何十冊と買わねばならないのだから、

マンガは高くつく。

感動もマンネリとなっては興ざめであるから、せめて15巻くらいで終わってほしい。

ともあれ、このマンガは、「夏子の酒」とともに、「職人もの」のマンガの傑作として後々まで

残る作品になることは間違いない。


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