安達 哲「バカ姉弟」


―善良なる庶民群像ー


安達哲といえば、「お天気お姉さん」の艶っぽい女性ものを思い出す人が多いのであるが、 今ヤングマガジンに不定期に連載中の「バカ姉弟」は、作者の新境地を開く、そして恐らく 作者の代表作になるであろうユニークな作品である。周りの人たちから「バカ姉弟」と呼ば れるいつも仲のよい幼い双子の姉弟(三歳という設定にはいささか無理があるが)を主人公 に、昔懐かしい路面電車が東京で唯一残る下町・巣鴨を舞台に何でもない日常の中のこころ 優しき庶民の交流を時にギャグマンガとして、時にファンタジーマンガとして描く全編カラ ーの安心して鑑賞できる作品である。 大衆食堂、一杯飲み屋、駄菓子屋、理髪店、庭付き縁側のある木造平屋の家といった下町 風景の中に頻繁に登場するのは、なぜか人生の辛酸を舐めてきて今は心優しき老人となった 人々である。昔体操選手だったが今はよぼよぼのおじいさん、ピアノを教えるボケ老人、露 天商の老人、理髪店のおなら老人、魚市場の老理事長、それぞれに姉弟に心優しき老人たち である。この作品には、悪人が一人も登場しないのもいい。主人公の姉弟にしても、ハエも 殺さぬ優しい子供であり、カラスに食い散らされたゴミを清掃する公共心もあり、幼いなが らも自立心の強いとても賢い子供なのに、なぜ「バカ姉弟」なのか、タイトルに違和感があ るのは否めない。もっとも、バカにも色々ある。軽蔑するバカ、甘える時のバカ、常識はず れのバカ、個性豊かなユニークなバカなどなど。さしずめ葛飾柴又の車寅次郎を幼児の双子 にしたら「バカ姉弟」か。それにしても、三歳の姉弟の面倒を見ているのは、小料理屋のパ ートの仲居をしている和服美人のおばさんであり、赤十字の看護師をしている母親はめった に家にいず、アメリカの大学で教鞭をとっているという父親は不在、親の顔が一度も描かれ ないのは、作者の作意である。推察するに、新しい親子関係を意図したことと子供の自由奔 放さを描くためであろう。周りの大人の思惑と姉弟の天衣無縫の行動のずれが微笑を呼ぶ仕 掛けとなっているのである。

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