世界中の子供たちが
みんな集まることができたら


 学校での出来事をすぐお知らせするつもり。
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2004年12月8日(水)
捕らえてみれば

月曜日のことなのですけれど、ちょっと学年で打ち合わせをしていると、職員室から呼び出しがかかりました。子供が飛び出して引きそうになったという方から電話があったということで。

黄色い帽子だったというので、もう、1年生ということは明白。せまい道です。10人くらいのかたまりの中からふざけあって押しあって、車道に飛び出した子がいて轢いてしまうところだったというのです。

興奮冷めやらぬ方から、注意してくださいというきついお電話だったそうで。そして学校では、どのように指導しているのかという問。

これは、応対してくれた教頭先生は、あの道は狭く危険なので、下校時間に学校の誰かが交通指導に立つべきではないかということのようにとらえられていました。

と言うよりいつも、飛び出しはしませんと大きな声で言ってから帰している私たちを気遣って交通安全指導が甘いなどと言うおしかりの言葉を柔らかく言ってくださったのかも知れません。

その話を火曜日にはしなければいけなかったのに、あっと思い出したときにはもう、自分の組は帰してしまっていました。あわてて他のクラスに行って話したのですが、みんな知らないという。

じゃ、じゃあ、私のクラスなのかなあと心配していたのですが、今日聞くとやっぱりそうでした。そして、昨日聞いたクラスでも関係者はいて、一緒に叱られているのね。

こわかったか聞くと、1組の先生(私)よりこわかったと言ったとか。それじゃあ、すごーくこわかったねと担任が答えたとか。どうせ、私はこわい先生ですよと、思いましたけれど。

でもね、私よりこわいおばさん、お気持ちは分かりますけどね。交通事故が起きなかったから、みんなを叱りとばしたけれど、事故を起こしていたら、一気に形勢逆転。何も言えなくなっちゃうんだから。あの子たちが飛び出さないでいてくれたらと、どんなに思っても。

自分も、車を運転しています。子供がいたら、飛び出すと思って運転しようと思ったことです。

そして、交通事故を起こさないような子供を育てる責任は背負っているわけで、今日は、口を酸っぱくして言いました。

事故が起きたら、みんなが不幸になってしまいますから。

2004年12月2日(木)
席替え

月が変わるごとに席替えをしています。特に意味はないのだけれど、席が替わると今まで見えなかったことが見えたりする。死角というものがあるのかしらね。

私にとってはそんなメリットだけれど子供たちにとっては、友達の幅が広がるということもあるかも知れない。

高学年だと班長を決めて班長会でグループ作りをしてもらうのだけれど、1年生では背の順を元に私が、適当にいろんな動かし方をしています。

昨日、月が変わったよ、席替えするのといったお友達がいたけど、時間が取れなくて今日の朝の会の時間にやりました。

そしたら、A君が大変なことに。しっかり者のお姉さんタイプの女の子たちがまわりの席にきてしまったの。席替えをした次の休み時間、筆箱の中がぐちゃぐちゃと見つかってしまいました。

約束の数に足りない、その上削ってない、消しゴムがへんなの、よってたかってだめだよねぇとやられています。

筆箱に入ってないのが机の中から見つかるかも知れないから見てあげたらと言うと、お姉さんたち、張り切っちゃった。

そして、降ってわいた災難にぼーっとなっているA君におかまいなし、机の荷物を引っ張り出して、あった、あったと始めたのですが、きゃあ、大変というひめいに近い声。何事かと思ったら、一昨日分けた学年便りをぴらっとさせて、お手紙渡してないよぉ!お母さんが困るでしょう!と、私そっくりに怒ってるの。

Aくんは、ますますかたまっちゃって、ぐうの音も出ません。靴下も2足ほど出てきて、ビニール袋に入れた方がいいよねなんて言われながらにらまれてしまって。

スポーツマンで将来はイケメンだなという感じのAくんですが、今日はかっこわるーい。

この光景はなかなか面白かったのですが、お姉さんたちがこれ以上やりすぎないうちに先生の出番。

学校からのお便りを持ち帰らなかったという大それたことを発見してくれたお姉さんたちの手前、お家にお手紙を書くことになってしまいました。

見せて、謝って、お返事ももらってくるの。お返事をもらえなかったら電話をすることになってるのだけれど。

12月のA君の運命やいかにってところですね。

2004年12月1日(水)
帰るとき

水曜日は研修日。研修テーマに沿ってどんな授業ができたかなどを、学年部で話し合っていると、ちょっとお姉さんぽい女の子が1年生が泣いていますと教えに来てくれました。何年生か聞くと3年生でした。

1年生が一緒に帰るお友達がいなくなって、一人で帰ってきてはいけないとママに言われているから家に帰れないと泣いているんですとはっきり話してくれました。

3年生は、泣いている1年生を見てそれらの話を聞き出したのね。困っている人を見かけても、声をかけない大人もいるというのに、3年生、わずか9歳の子が泣いている1年生と話し、1年生の先生たちを探し、そこまで連れてきてくれた。ほんとにありがとうです。

1年生も家の人との約束をきちんと守ろうとする純な人。凶悪事件があったので、お便りでも登下校の安全について書いてきました。お家の方もきっと、真剣に約束をしてくださったのですね。

1年生は、一緒に帰ろうと約束した子が、ちょっと待っててと言ったきり現れないので困って、ママとの約束にも困って、涙があふれています。

電話でママに相談しようかと電話をかけました。ママの声を聞いたとたん、もう、声にならない声で、先生が代わってお話をしてお迎えを頼みました。

私が小さい頃は、保育園にも子供だけで行ったんだよ。15分くらいの距離を1時間もかけて歩いて。4歳5歳でも自分たちだけで5〜600メートルは歩いていたのです。我が子の時代は、もう、送り迎えでしたが。

田舎だったので、自動車もあまり走らず、通学路にある家の人たちは、私が何処の子かみんな知ってくれていた。親も、知り合いばかりの道だから、安心して歩かせていたのでしょう。

50年も前は、事件などもあまり知らされず、のんきだったのですね。

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