「ねえ、聞いたっ?」
あーきゅんはそういって明美の方を振り向いた。
「修学旅行でしょう!」
嬉しそうに笑って、反対側から佐倉が答える。
明美が興奮したようにいった。
「しかも場所がすごいらしいよ。なんでも、アンドロイド銀河とか」
「そいつぁすごいな」
突然、後ろから皮肉げな声がふってきて、明美は肩を抱かれた。
「初耳だ。おまえさんが発見したのかい」
耳元で響くテナーの声。かかる息がくすぐったくて、明美は笑い出す。
薫はふっと笑って腕を離すと、ニヤッと笑って、いった。
「で、アンドロイド銀河は、どこにあるんだい」
明美はむっとして言い返そうとして、直後、青ざめた。
やっと、気づいたのだ、そんなものはないということに。
そして態度からして、相手はそれを十分に承知しているだろうことが、わかった。
だからこそ、あえて尋ね返してきたのだ。
「ほら、言ってごらんよ、明美ちゃん。教えてくれたら、あたしもかわりに教えてやるぜ。
一晩かかってタップリとね」
ただでさえ色っぽい三白眼に、よりいっそうの魅惑的な光を浮かべてそういわれては、
彼女としても黙っているわけにはいかない。もともと負けず嫌いである。
「場所を知りたいの?じゃあ教えてあげるわ。それはね、あたしの頭の中」
薫はまじまじと明美をみつめ、無邪気なほほえみを見つけて、苦笑した。
「めでたいやつだな」
皮肉混じりにいって、大げさなため息ひとつ。
「たしかにあるだろうよ。おまえさんの頭の中にゃ」
そういって、空を見上げた。
「薫も行くんでしょ、修学旅行」
あーきゅんの言葉に、さあね、と曖昧に笑う。
「大丈夫だよ、シャルルも一緒なんだし」
佐倉がそういうと、彼女は顔をしかめた。
「おい。あたしとあの医者をセットで考えるのはやめてくれ」
その顔がうんざり、といった感じだったので、佐倉は笑ってしまう。
「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど」
「ま、気が向いたらついてってやるよ。あたしがいないと寂しいみたいだからな」
ニヤッと笑ってそういうと、薫は最後に明美の耳元で
「今度是非あたしを、アンドロイド銀河に連れてってくれよな」
ささやいて、反論をもらう前に、講堂の方へと去っていった。
それで明美はその悔しさのやり場を持て余し、偶然通りかかったアンドリューをつかまえて
その気持ちを発散しようとした。
「ちょっと、リュー!聞いてよぉ!」
彼はとっても礼儀正しく優しかったので、明美の言う事をにこにこと聞いていたが、
彼女が「アンドロイド銀河」といったところで、ブッと噴き出した。
よって、明美の不愉快度が、かえってアップする。
「な、なによ、笑うことないでしょ、弘法も筆のあやまりよ!」
「猿も木から落ちる、だろ」
今度は頭上から声が振ってきて、4人がぎょっとして見上げると、そこに風紀委員長の姿があった。
「美女兄?!なんでそんなとこにいんの?」
彼はその枝からひょいと飛び降りると、大きな欠伸をした。
「挨拶だな。オレのほうが先にいたんだ」
「木の上に何の用があるの?」
不思議そうにあーきゅんが訊くと、風紀委員長はなんの屈託もなく笑って、答えた。
「昼寝」
アンドリューが尊敬を込めた眼差しを送る。
「すごいや。僕だったら、すぐに落っこっちゃいそうだ」
その素直な反応に、ふっと美女丸はほほえんだ。
「なに。慣れてるだけさ。ガキの頃からよく木に登ってたしな」
「お兄ちゃんと一緒にね」
明美がそう付け足した。
その言葉に風紀委員長はわずかに目元に笑いをにじませて、頷いた。
思わず、佐倉がドキッとしたのは、あまりにそんな美女丸が,柔らかい雰囲気をしていたから。
「そうだったな。庭に大きな桜の木があって、そこによくアイツと登ったな。
いまでも覚えてるぜ、その木の下で、おまえがビービ―泣いていたのを」
「なっ・・・・」
明美の顔が赤くなる。美女丸は、ふっと笑って、明美をみた。
「いつの間にかずいぶん大きくなっちまったな」
言い返そうとしていた明美だったが、そのときあまりに彼の瞳がやさしくて、
からかおうとしているわけじゃないのを知って、何も言えなくなった。
遠い昔に想いを馳せるとき、人はどこか、無防備になるのかもしれない。
わずかに細められた眼差しのなか、過ぎ去った過去が彼を満たしていた。
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